『瞳に映る、キミのうた』サンプル - 5/6

 光太朗は両親の顔を知らない。
 正しく言えば、「顔」という人体の一部分を認識できないせいで覚えられないのだ。

 自分がこれまでに会った人を思い出そうとすると、どんな服を着ていて、どんな声をしていたか、特徴的な柔軟剤や香水の匂いまで仔細に思い出せるのに、首から上を描こうとすると、途端に靄がかかったようになる。
 目や眉、鼻や口といった顔を構成するパーツは、一つずつゆっくり目で追えばなんとか形は分かる。しかし、それらが組み合わさって「顔」となった瞬間、「それはぼんやりとしたただの円だ」と頭が勝手に誤認して、そこから思い直すことができなかった。
 昔の光太朗はひどくよく泣く赤子だったらしい。それもそのはずで、声の聞き分けがまだまだできない中で、顔の分からない大人に囲まれれば恐ろしいに決まっていた。
 服装や匂いを判断材料にできなかったときは、母が抱いても父が抱いても光太朗は泣きじゃくって暴れた。保育園に入ってしばらく経ち、よたよたと歩けるくらいに大きくなっても、保育士と母をしょっちゅう間違えた。目の前にいるのが保育士なのか、エプロンをつけた母が迎えに来たのか、顔を見ても分からなかったのだ。
 小学校にあがる前に、いよいよおかしい、このままではいけないと思った両親に連れられて大きな病院で診察してもらった。
 白衣を着て髪をきちんとまとめた人間は、男女以外の違いがつかなくてひどく怖かったのを光太朗はよく覚えていた。MRIの診察台へあげようにも泣き叫びながら四肢を全力で動かして暴れるので、鎮静薬の類いを投与されてようやく検査できたのだ。
 ――脳でも眼でも、何かの異常が見つかれば、自分のこの性質は病気のせいだと理由付けできたのに、結果は異常なしだった。
 その後あらゆる検査を経たものの、光太朗の認識障害は「生来の機能的なものである」と、とうとう結論づけられてしまった。鏡を見る自分の顔すら認識できていないことが明らかになったのだ。
『さっきのがママで、これがパパの顔だよ。分かるかい?』
 ぺたぺたと自分の顔を光太朗に触らせる父の声音は震えていて、鼻の周辺と頬は濡れていた。
 小さな手のひらで感じた両親のパーツを、光太朗は二十八歳になった今でもはっきり覚えている。
 どんな出っ張りがあって、どんな柔らかさだったのか、滑らかさもざらつきもちゃんと思い描けるのに、それらを組み合わせても自分の頭の中では顔として完成しない。独立した個々のパーツが宙に浮かんでいるようだった。

 保育園を行き来しつつも、両親のもとで大切に育てられているうちはまだマシだった。集団生活が本格的に始まった小学校から現在に至るまで、光太朗の苦痛と孤独は続いている。
 服で判断しようにも周囲の人間は毎日着ているものを変える。会ったことがあるはずなのに、毎日初めて知り合う人と会う気分だった。みんなが一様に同じものを纏う体育など絶望そのもので、ふらふらと所在なげにクラスメイトへ近づく光太朗は笑いの対象だった。
 教師は光太朗の両親から事情は聞いていたものの、対処のしようがなく彼を扱いかねていた。声変わりが当分先の子どもの声などみんな似たり寄ったりで、話しかけられては相手の名前をしょっちゅう間違える。クラスメイトは最初こそからかい半分に笑っていたが、徐々に光太朗を馬鹿にし、見下すようになった。
 中学校にあがってみんながそれぞれ成長期を迎えると、制服に加えて変声期の独特な掠れ声が光太朗を苦しめた。よほど特徴的でない限り、女子はもとより、男子の声もほとんど違いが分からない。
 校則で髪型もみんな似ていて、光太朗が誰かの名前を呼ぶのを諦めていた時期だった。慎重になるあまり、教師相手にも「あなた」と不自然に相手を指すものだから、生徒には笑われ、教師には叱られた。
 みんな同じような格好で過ごしているのに、自我が芽生えて自分の個性を強烈に意識し始める時期だったから、「個」を覚えられない光太朗はあっという間に周りから置いていかれた。
 振り返ると、中学生の頃が一番つらかったかもしれない。しかし光太朗にとって、どんな時だってちゃんとした人間関係は築けていないも同然だ。
 誰か分からないのであれば、最初から関わらない方がいい。光太朗は歳を重ねるごとに気弱で内向的になった。高校も大学も、それが当然のようにずっと一人で通った。
 両親は力を尽くしてくれたと、光太朗は感謝してもしきれない。定期的に病院へ認識トレーニングに通わせてくれたり、顔を見る以外でその人を区別する方法を一緒に考えてくれたり、最大限の努力を息子へ送ってくれた。
 そのおかげで光太朗は、人と会うときに髪型や匂い、そして声に特別気を配るようになり、最初は逐一メモを取っていたのが、そのうち記憶のみで整合できるようになった。おかげで定期的に発生する大学のグループワークは意外なほどスムーズに乗り越えられた。
 ただ、病院でのトレーニングはあまり功を奏さなかった。さらに光太朗は、大学という環境は煙草を吸ったりお気に入りのアクセサリーをつけたり、スマートフォンのケースが違っていたり、そういった個々を判別する材料が多かったから何とかなっていただけであると思い知ることになる。

 大学では勉強しかちゃんと頑張れなかったが、逆に言えば、人との接触がどうしても増えるアルバイトもサークル活動もしない代わりに、光太朗は勉強だけは人一倍努力してきた。
 成績はほとんど全てがSで、勤勉な受講態度は教授にいたく気に入られた。そのおかげで教授が研究で関わったことのあるメーカーへ推薦してもらえることとなり、就職先はそこに決まった。
 しかし、最初の評価が高かったからこそ光太朗は社会人生活でどんどん躓いていく。
 まず、「適性を見て所属先を決める」とされていた配属は、若い男性という安直な理由で営業部になったのが全ての運の尽きだった。スーツに清潔感のある髪型で統一されたサラリーマンやOLは、まるで中高時代に戻ったような気持ちにさせた。
 光太朗は声を頼りに人を覚えようとした。しかし、どんなに人の声に気を配っても、営業先で多くの人間と知り合ううちに限界を迎える。
 社外の人間を呼び間違えるなど、一般的な社会人にとって大きなミスを光太朗は何度も重ねた。怒声が廊下に響くくらい上司に会議室で叱られても、むしろ募る緊張で呼び間違える頻度が増してしまって悪循環だ。
 期待を大きく外れたルーキー。それが新人時代の光太朗の評価だ。しかし関係者推薦で入社した手前、リストラにもできない。会社にとっては仕方がなく経理部へ異動させたのが二年前、彼が二十五歳の頃だった。
 やり手は係長など名前付きの役職へ、そうでなくてもマネージャーとして立派に後輩を指導する立場になった同期のみんなを、光太朗は後方から見つめるしかできない。それどころか、後輩と比べても、出世競争はビリに等しいところを走っている。
 異動は社内で既に評判が知れ渡ったあとだったから、経理部の誰も光太朗を歓迎しなかった。むしろ、「人の顔を全然覚えない」という悪評通りの光太朗をどんどん冷遇していく。
 ――じつは光太朗は人事に何度か相談したのだ。これは生まれつきで、自分なりに努力をしているものの、それでもどうしても相手を間違えて、初めて会ったように振る舞ってしまうことがあるのだと、彼なりに一生懸命説明した。
 人事担当は優しく、彼の背中を押すように熱く回答した。「もっと工夫してみましょう。そうすれば、今居さんは今よりもっといろんな場所で活躍できますよ」と。
 要は工夫や努力が足りないと暗に指摘されているのだ。しかし光太朗が人からそう言われるのは初めてではなかった。
 人事担当、上司、教師、グループリーダー。優しい者は最初こそ一緒に考えてくれるのだが、改善しない光太朗に愛想を尽かしてみんな離れていくのが定石だった。

 毎日暗い顔で家に帰るのが申し訳なくて、入社してしばらく経ってから両親へ一人暮らしを申し出た。
 業務上の用事がない限り社内の人間は誰も光太朗に話しかけないので、彼の生活はとても静かなものになった。なんとかミスしたり怒られたりしないように気を遣いながら、アパートの部屋と会社を行き来する日々。
 それでいいはずだった。しかし、澱に似た何かが心に知らず降り積もって、自分の中でうまく解消できなくなっていく。
 この感情の名前を、光太朗は知らない。ただ、社内の人間をまた呼び間違えて、今までみたいに叱られたとき、今まで我慢していた胸はひび割れて決壊してしまった。
 大きな孤独が吹き上がって傷みたいに痛む。誰でもいい。誰かにとても大きな力に抱き締められたい。惹かれるのは自分よりたくましい腕や厚い胸板を持ち、低音を喉にたたえた存在――男性だ。

 自棄になった心のままに申し込んだ風俗サービス。そこから自分の元へ来たのがトーヤだった。
 シルバーの髪に煙草の香り。自分の手首を押さえこむ指は硬くて、力も強かった。何より、変声期の男子とも違う、少し高くてざらついた声――。
『次の予約待ってるよ』
 メールの文面が彼の声で再生される。あの声で放たれる全てが光太朗を刺激した。
 もう一度聞きたいと強く願う反面、あんなに色濃く人と接触した経験を未だにうまく噛み砕けず、光太朗は店のWEBサイトにもアクセスできないほど二の足を踏んでいた。