『瞳に映る、キミのうた』サンプル - 3/6

 アラームを一二〇分にセットして、トーヤは広いベッドの上で光太朗と改めて向き合った。
 彼は放心したように力なくベッドの縁に腰かけている。顔はまだ赤みを帯びていて、何より備えつけのバスローブの紐を全然結べておらず、ほとんど羽織っただけの状態だった。
(マジでぶっ倒れないだろうな)
 トーヤは若干不安になりつつもすぐに気を改めて、所在なく腿に乗せられた光太朗の手に自分の手のひらを重ねる。
 ハッと意識をなんとか現実へ取り戻した光太朗が顔をあげると、隣にいるトーヤが思った以上に近いことに今さら気づいて悲鳴をあげかけた。
「なぁ、コータローさんはキスOK?」
 普通は客がボーイに聞く質問だが、キスもしたことないはずだと勝手に確信したトーヤは一応断りを入れる。
 光太朗は目を見開いたあと俯いて、少しの間逡巡する。その様子を見て、トーヤは早々と「やめとくね」と切り上げようとした。
 トーヤにとってはどういう理屈なのか理解できないが、やることをしっかりやっておいて、キスだけは嫌がる客はたまにいる。ましてや光太朗にとっては初めてになるのだ、別の機会に取っておきたい気持ちもあるだろう。
 しかし顔をあげた光太朗は、「してください」と小さく答えた。トーヤの手の下にある拳がキュッと強く握られる。そう返されたのが意外で、今度はトーヤが驚いて目を見開く番だった。
「マジでいいんスか?」
 どうせ経験がないと思っているのがバレバレの口調だったが、光太朗は気にせずにトーヤと向き合う。
「いい、です。ただ」
「ただ?」
「俺、自分からはできないと思います……」
「ハハッ、何それ。オレに任せてくれればいいっての」
 なんだかズレた返答にトーヤは不意を突かれて少し笑った。相手にも同じだけ返さなければと思っているのだろうか。光太朗相手にそれだけ求めるのは不可能であるとトーヤはこの時点で悟りきっていた。
 頬に手を添えると、真っ赤な見た目の通り熱かった。客からするとファーストキスかもしれないが、ウリ専のアルバイトに就いてからしばらく経つトーヤにとってキスは単なる「行為」だ。
「コータローさん」
「な、なんですか」
 トーヤが顔を寄せる前に目も唇もめいっぱい強く閉じていた光太朗が、かろうじて口を開く。
 彼の瞼の向こう側で、トーヤが小さく、そして妖しく微笑んだ。
「唇きれいッスね」
 光太朗が返事をする前に、トーヤは自分の唇を重ねた。
 かすかな香り――トーヤが部屋に入ってきたときと同じ煙草の匂いが光太朗の鼻をくすぐった。
 生まれて初めて知る他人の唇に、光太朗はただ固まる。ひたすら柔らかくて温かい。それに、触れている面は唇と、手のひらを添えられている頬くらいなのに、全身が瞬く間に熱くなっていく。
「……どう?」
 短いのか長いのか光太朗には判断がつかない時間のあと、唇がゆっくりと離れた。トーヤは額を彼と合わせて尋ねる。
 パチパチとまばたきをした光太朗は一気に耳の縁まで赤くして、今しがたトーヤのそれが重なっていた自分の唇をそっと指で触れる。おっかなびっくり何度か撫でたあと、至近距離にいるトーヤに囁いた。
「や、やわらかかったです」
 無垢そのもので、だからこそ相手の火をますます煽る言葉と態度。トーヤはたまらず光太朗を押し倒した。猛禽類であれば舌なめずりを押さえきれないだろう。
 急に視界が変わった光太朗は目を白黒させた。――トーヤを怒らせたのだろうか? すぐネガティブな方へ思考が進むが、トーヤが先ほどよりも強い力で光太朗の頬を挟んだためどんな考えもシャットアウトされる。
「コータローさん、もっとキスしていい?」
「え?」
「オレ、コータローさんにはめちゃくちゃサービスしてやりてぇかも」
 身体が暴かれていく感覚なんてつゆほども知らないこの男が、自分の手から快楽を与えられてひどく喘ぐ。真っ赤な顔が泣きそうに歪んで、あられもなく縋ってくるのを見てみたい。
 光太朗が無自覚に火を点けてきた嗜虐心を自覚しつつ、トーヤは覆いかぶさるように再び唇を重ねた。先ほどのキスなど遊びでしかないと思い知らせるように深く口づける。
 何が起きているのかまるで分からず、口を閉じる間もなかった光太朗は、咥内に侵入してきた温かい粘膜の感触に背をしならせる。
「ん! ふっ、ぅ」
 初めにしたキスよりもずっと煙草の香りが濃い。苦くて、しかし清涼感がどこかに潜んでいる匂い――メントールだろうか。それとトーヤ自身が纏う色香と混ざり、光太朗の身も心も一瞬にしてトーヤで満たされた。
(何、これ……キス?)
 誰かの舌は、こんなに熱いものなのか。酸素を求めて口を開けばそこからさらにトーヤの舌が入り込んでいく。
 上顎を舌先で撫でられたとき、光太朗の喉から細く絞られた甘い声が漏れ出た。
「ん、んぅ」
 くらくらする中で、光太朗は必死になってトーヤの深いキスに応える。彼の勢いを押さえようと手で肩を押さえるが、ほとんど力が入らず添えている程度の意味しか成さない。
 一方のトーヤは余裕そのもので、光太朗の咥内へ侵入しながらも薄目を開けて彼の様子を見て楽しんだ。苦しそうに眉間に皴を寄せて、それでも初めてのディープキスに応えようとなんとか口を開き、自身の舌を迎え入れている。
 もう少しこの感触と彼のいたいけな態度を味わっていたかったが、光太朗がいよいよ酸欠になる前にトーヤは唇を離した。
「……はぁ、はぁっ」
「コータローさん、マジでかわいーね」
 濡れた唇を親指でなぞりつつ、血が噴き出るのではないか不安になるほど赤く染まった耳の縁に口づけつつトーヤは囁いた。
 ――かわいい。
 大の大人、しかもアラサーの男が言われて喜ぶような言葉ではないはずだ。しかしトーヤの甘く掠れて、それでいてどこか渋さも併せ持った声音は耳の奥まで侵していくように入り込んで、光太朗の胸をぎゅう、と容赦なく締めつける。
 バクバクと高く鳴りっぱなしの心臓もとっくにトーヤにバレているはずだ。初めてだと伝えた以上取り繕う必要もないのに、あまりの気恥ずかしさといたたまれなさに光太朗は顔を覆おうとした。
「ダメ、隠すな」
 その挙動すらも追い越され、トーヤの手に握られて阻まれた。同じくらいの大きさだが、トーヤの指は節が張っていて、バスルームでも感じた通り先端の皮膚は硬い。
「コータローさんの手はいいね」
 他人の手の感触をトーヤも興味深そうに確かめていたらしく、そんなことをポツリとこぼした。
「いい……?」
「あぁ。傷もないし爪もきれいに伸びてる。でもペンだこがあるから、仕事頑張ってるんだなって感じ」
 特に何の手入れもしていないが、光太朗の右手の中指にはトーヤの言う通り小さなペンだこがあった。ずっと昔から癖づいているものだから気にも留めていなかったが、いざ指摘されるとなんだかくすぐったい。
 むずがゆさをこらえながら、光太朗は自分の指に絡んでいる彼の指先を見ると、爪は薄く平べったい。光太朗のペンの握り方のように、トーヤも彼の習慣が手に表れているのだろうか。
 しかしそれを尋ねる隙はなかった。トーヤの興味は光太朗の首筋に移り、欲望の赴くままに顔をうずめて舌を這わせたからだった。
「ひゃっ!」
 ちゅ、と音を立てて何度も口づけられる。太い血管が通っているからだろうか、トーヤに首を軽く吸われるだけで、ぞわぞわと怖さとも快楽とも呼べる感覚に襲われて光太朗の肌が波打った。
「いや、それ、あっ、ん……」
「跡はつけねぇよ」
「ん、う」
 そのまま唇が下っていき、胸へと移る。トーヤはまだ柔らかいままの乳首を指で挟み、ごく軽い力でふにふにともてあそぶ。
 なんでそんなところを、と思ったのも束の間、首に口づけられたときとはまた違う、軽くて甘い痺れが触れられたところから這い上がってくる。くすぐったさとは明らかに違う感覚に、光太朗は上ずった声をあげつつ戸惑った。
「や、あぁっ……な、なんでそこっ、ん、ぅ」
「ここも性感帯なんだよ」
(マジで何も知らないんだな)
 しかし、未開拓そのものの光太朗の身体は正直にトーヤから与えられる刺激を拾い上げる。こんなに敏感なのに、今まで誰ともベッドを共にしてこなかったと言うのだからもったいない。
 もっと溺れて、肌を重ねる気持ちよさにハマるといい。ただ、それを初めて経験させるのは自分だ。
 トーヤのいけない好奇心は、あと数歩誤れば理不尽な独占欲に変貌するところまで来ている。彼自身も気づかないうちにこれが仕事ということを忘れて行為に耽っていく。
「んぁ! あっあぁ、だめぇっ!」
 いじられていくうちに少し硬くなった乳首へ吸いつかれて、光太朗の口調はいよいよグズグズに崩れていく。濡れた舌先で突かれると息すらままならなくなり、嬌声をあげて身をよじる。
「いや、や、あぁっ」
「コータローさん感じすぎ」
 軽く笑うトーヤの吐息が掠めていくのがくすぐったい。光太朗は思ってもみなかった場所を愛撫されて、そこから快楽を感じて喘ぐ自分が信じられなかった。
(くるしい、きもちいい)
 ――今の自分はどんな顔をしているのだろう。
 熱を出したときよりずっと頬が熱くて、情けないことに目には涙も滲んでいる。クーラーが効いている空間なのに汗が輪郭をなぞって滑り落ちていく。今の自分のていたらくなどあまり想像したくない。
 トーヤは一度身体を起こして光太朗の腰を掴んだ。そしてすっかり硬く勃起している部分と、さらにその下までじっくりと視線を往復させる。
「うちの店はさ」
 熱を持って鎌首をもたげている箇所にはあえて触れず、トーヤは尻の割れ目にそっと指を沿わせた。
 光太朗は身体をビクッと揺らして固まった。――そこはとても柔らかく、トーヤは小さく息を呑む。しかしそれをからかうような笑いに変えて光太朗を見下ろす。
「ゴムあり挿入OKなのは知ってるよな?」
「……」
 今まで馬鹿正直にトーヤの質問に答えてきた光太朗だが、これに関してはあまりの羞恥で口をつぐむ。
 トーヤ自身も、まさか彼が準備しているとは思わなかった。キスすらしたことないのに、それ以上の行為を受け入れるために構えている。この倒錯的な光太朗の肉体に、トーヤは興奮を隠しきれずに唇を吊り上げる。
「なぁ、いつも自分で触ってんの?」
「い、いつもじゃないです!」
 そこだけは否定するために声を張り上げた光太朗がおかしくて、トーヤは思わず笑い声を漏らしてしまう。
 しかし、光太朗は気にせずしどろもどろになりながら弁明を続けた。
「男性とその、するのはここ使うって……だから、少し前から準備して」
「どう? ケツいじるのって気持ちいい?」
 直接的なトーヤの物言いに光太朗は反射で「違う」と返しかけて、しかし言葉に詰まる。
 気持ちいいのかは、実際のところよく分からなかった。今日のためにインターネット通販でアダルトグッズを買い、WEBサイトや動画の見よう見まねで触ってみて、受け入れる準備はある程度整えられた。しかし光太朗はとうとう今に至るまで器質的な刺激で性感を得られずにいた。
「わ、分かんないです……」
 なんとか自分の中でまとめた結論をこぼすと、トーヤは「そう」と軽く受け止めた。彼は光太朗が返事に窮している間に、自分の鞄から取り出したボトルの中身を手のひらに広げていた。
 キスの経験も、胸が性感帯であるのも知らなかった光太朗だが、トーヤが手に取っている粘液質のものが何かは知っている。自分もこれからの行為のために購入したからだ。
「あ……」
「気持ちいいところは教えて」
 濡れた音と共に、トーヤの指や手に透明な糸が引くのを光太朗はじっと見ているしかできない。
「力抜いて」
「うぁ、ん……」
 膝に小さく口づけられて光太朗の内腿が小さく震えた。力が抜けて勝手にトーヤに見せるような形で脚を開いてしまい、光太朗は羞恥のあまり顔を逸らす。
 トーヤの硬く厚い皮膚の張った指先が、秘部を通じて身体の内側に入っていく。快楽とも言い難い奇妙な感覚に、光太朗は思わず唇を閉じて再び身体に力を入れた。額は汗だらけで、前髪が貼りついている。
「ケツいじるときはさ」
「へ……?」
「こっちも触るといいらしーよ」
「ひっ、ぃ!」
 トーヤはこの部屋に入って初めて光太朗の勃ちきったペニスに触れた。手のひらで包めば、先端からこぼれた体液で既に濡れている。やわやわと握る力を強めたり弱めたりを繰り返すと、とぷ、と先走りが新たにあふれる。
 初めて他人に触られた光太朗は、自分の手とは全然違う感覚にとうとう目尻から涙を一粒落とした。自分で触るよりずっと乱暴で、あまりに気持ちいい。反射で脚を閉じそうになるたびに、トーヤが「ダメだ」と低い声で光太朗へ言い聞かす。
「もっと見せて」
「ぃ、いや、いやぁっ」
「マジで嫌なの? ならやめるけど」
 答えなんて分かり切っているが、トーヤは試す口ぶりでわざと尋ねる。光太朗は潤んだ瞳を見開いてトーヤを見上げる。
 今やめられても、自分でこの熱に対処できそうもない。それに、トーヤとこういうことをするために自分は彼を呼んだのではないか。
 意地悪なトーヤの質問に、光太朗は素直に従った。酸素を求めてばかりの呼吸をかろうじて少し整える。痛くもつらくもないのに、涙がまた数滴こぼれて、真っ赤な頬を濡らした。
「ぅあ、ぅ、やめない、で……くださ、い」
「……いい子」
 甘やかすというより、言うことを聞けたのを褒めてやるような口調だった。トーヤは光太朗のペニスを規則的に扱きつつ、彼の内部へ少しずつ指を侵入させていく。
 準備していたと言っていた通り、光太朗の中は既にローションである程度濡れており、人差し指は突っかかりもなく滑らかに沈んでいく。そこからペニスの裏側を刺激するために指を動かそうとすると、光太朗の呼吸がにわかに速くなった。
「あ、だめ、い、いっちゃうぅ」
「もう? ダメ。こっちの感覚も覚えて」
 ペニスの根元を握りこんで達するのを阻むと、光太朗は喉を逸らして喘ぎ苦しんだ。下腹部にとても抱えきれない熱が渦巻いて、吐き出したくて仕方がない。
 尻の方は自分で触ったときとは違うものの、まだ違和感の方が勝っていた。それならペニスへの刺激で射精したいのに、トーヤはそれを許してくれない。もどかしいのと、こうした欲望を強く抱いている自分が恥ずかしくて、光太朗は唇をぎゅうと噛み締める。
「そんなに噛んだら血が出るよ」
「く、ふぅ、ううぅ」
「深呼吸。オレに合わせて」
 身体を倒したトーヤが光太朗へそう囁いたあと、耳元近くでスーハーと呼吸をしてみせる。そのわずかな刺激さえ今の光太朗にとっては快楽に変換されるのだが、なんとか彼を真似て下手なりに息を少しずつ整える。
 まだ荒いものの、興奮はある程度落ち着いたようだ。そう見受けたトーヤは再び身体を起こし、ペニスを握っていた手を緩める。その代わり、光太朗の腹を強めに押し上げるように中に入れていた指を動かす。
 トーヤが自分の内にある硬い何かに触れたのは分かった。しかしその瞬間、目の前が明滅して視界が揺らぐ。背が弓なりに反れて、電流が全身を走った。何かが腹を濡らして、それが自分の精液であることに光太朗はしばらく気づかなかった。
「うわ、イったんだ」
「ぅ、あ…ぁ…?」
「でも分かっただろ。ここがコータローさんの気持ちいいとこだよ」
 中指も侵入させて、トーヤは二本の指で光太朗の一番浅ましい箇所をぐいぐいと押し上げる。射精の余韻を感じさせる暇もないまま、また強烈な快楽が痺れを伴って全身を巡っていく。
「だ、めぇっ! それっきもちい、いい、れすっ」
「おいおい、そんなんで大丈夫かよ」
 あとでガンガン突いてあげるのに。トーヤはそう言って笑うが、光太朗は気持ちいいのと同じくらい怖くて、たまらず彼の方で腕を伸ばした。
 中からの刺激だけで、触れていなくても光太朗のペニスは快楽を拾い上げてひくひく震え、再び勃起しかけている。先ほどから彼の反応を楽しんでいたトーヤはようやくペニスから手を離して、伸ばされた手のうち片方をぎゅっと握り返した。
「怖い?」
「こ、こわいぃ……っ、こわい、ですぅ」
 彼の返事にトーヤは思わず苦笑した。光太朗の瞼は涙ですっかり赤く腫れてしまい、まばたきするたびに涙が次々こぼれていくような有様なのに、自分への敬語はかろうじて取れていない。そもそも彼の方が年上で、客だというのに。
 未知の感覚に溺れて必死だというのに、あくまでトーヤに従おうとするけなげさ。――もう限界だった。こんな彼のことだからもっと慣らしてあげたいのに、自分の欲望の方が遥かに勝る。
 触られてもいないのに、光太朗の反応を見ているだけで下半身が痛いほど張り詰めているのを自覚して、トーヤは自分を笑った。このアルバイトを始めてからこんなことは初めてで、気分はさしずめ童貞だ。もっとも、トーヤに焦りや心配などは微塵もなかった。
 指を引き抜き、ベッドサイドに置いていたコンドームを手に取る。この彼にそんな悪知恵などないと思いつつ、念のため義務的にパッケージに穴が開いていないかチェックする。
 ローションと体液で濡れている指先で器用に包装を破き、くるくるとスムーズに自分のペニスへ装着した。それまで光太朗の頭を支えていた枕を彼の腰の下へ入れこませ、ペニスの先端を割れ目にあてると、ひたりと吸いつくようだった。トーヤはぬるぬるしたコンドームへさらにローションを垂らしてまぶす。
「痛かったら言って」
「あ……」
 トーヤの両手が光太朗の膝を掴んで広げる。羞恥心を煽る目的で必要以上にぐい、と脚を押し込んで広げれば、トーヤの望み通り光太朗は恥ずかしそうに真っ赤な顔を歪めた。
「あのさ」
「へ?」
「なんでオレを選んだんだよ」
 急な問いに、光太朗はすぐに反応できない。選んだ、というのはこうしてトーヤを予約して呼び寄せたことだろうか。
 トーヤが何を考えているのか光太朗には推し図れない。しかし、店のWEBサイトを見ているときからドキドキしていた気持ちを思い出し、胸の前で手を組みながら答える。
「あの、髪が……」
「髪?」
「銀色でかっこいいと思、ってぇ、っああぁ!」
 光太朗が答えを考えている間、少し身体の力が抜けたのが分かった。その隙にトーヤはあてがっていたペニスを押し進めて、彼の内側へと入り込んでいく。
 指とは全然違う異物感に、光太朗の息が詰まった。なんとかすぐに呼吸は再開できたものの、中と外がローションのおかげで滑りが良く、こんなに身体をこわばらせても思いのほか抵抗感もなくトーヤのペニスが入ってくるのが恐ろしい。光太朗はぶるぶると震えながらシーツをむやみに掴んだ。
「あ、んんぅ、いや、こわい、ぃ、あ、とおやさんっ!」
「はは、その割にほら……ちんこ勃ちっぱなし」
 彼に指摘されて、恥ずかしさのあまり光太朗の視界がまた涙で滲んだ。苦しさの方が勝っているはずなのに、脳が先ほど彼の指から与えられた快楽を勝手に思い出して、身体がその期待通りに反応する。
 カリの部分が入れば、あとは慎重に押し込んでいけば、やがて肌同士がくっついた。手入れしているのだろうか、トーヤに下生えはなくつるりとしていて、直に触れる感覚に光太朗は一層目を潤ませた。初めて味わう人の肌の感触に、どう言葉にしていいのか分からない感情が湧いてくる。
「ここだったな」
 独り言のように呟いて、トーヤは光太朗の腰を掴んだ。先ほど指で刺激した、彼の内にあるしこりをカリで擦るように突くと、圧されるように光太朗のペニスから先走りがとぷ、とあふれて腹を濡らした。
 汗と自身の体液で身体が汚れているが、光太朗はそんなこと気にすることもできなかった。他人の体温を間近に感じながら与えられる快楽を消化できず、喉から甘い嬌声がせり上がってくるままこぼしていく。
「んぁ、あぁ、あんっぅ、んうぅっ!」
「はは、かわいー声」
「やだぁ、あっ……!」
 からかいを含んだトーヤの口調に、光太朗は子どものように首を振った。トーヤはそれで容赦するような真似はせず、少しだけ腰を離してはまた押し込んで、トントンと彼の内側を穿っていく。
 こうして善がり喘ぐ男を上から見下ろす気分は、何にも代えがたい。今日の相手は初心な光太朗だからなおさらだ。トーヤが先ほど褒められた髪を掻き上げると、小さな汗の粒が散って光太朗の胸や腹に落ちる。
「あぁあ、だめぇ、いく、いくうぅっ」
「ん、イけよ」
 ぎゅう、と締めつけられるのを感じながらトーヤは突き続けると、光太朗はひときわ高い声をあげて、硬く張り詰めたペニスから精液を噴き出した。二回目の射精にもかかわらず量は初めとさほど変わらない。
 薄いクリーム色の敷かれた肉体に白い汚れが飛び散ったその様子はひどくいやらしく、トーヤは耐えきれず声をあげて笑った。
「初めてでトコロテンとか、コータローさんエロすぎ」
「ううぅ、い、いわないで……」
「こんなエロくてそれまでどうしてたんだよ? ずっと一人で抜いてたの?」
 意地の悪い質問をしながらも、トーヤは動きを止めると身体を倒し、涙で濡れた頬へ宥めるように口づける。恥ずかしいことを聞かれているのに仕草は優しいから、光太朗は彼のギャップにくらくらと眩暈を覚えた。
 それまでは――きっと、他の男と同じだろう。性欲が溜まったら、スマートフォンでアダルト動画を見ながら自慰をする。トーヤと身体を重ねるために尻も触ったが、自分では気持ちよさが分からなかった上に、触るようになったのは最近のことだ。
 ずっと一人だ。恋人なんてできた試しがない。恋人どころか、友人だって。
 日頃から感じている惨めさが顔を覗かせて、光太朗はぐずぐずと鼻を鳴らす。その情けない泣き顔すらトーヤを煽ることにまだ気づかないまま。
「なんでウリ専なんかわざわざ頼んでセックスしようと思った?」
 光太朗の態度が少し変化したのにトーヤは気づいた。張り詰めていた身体から力が抜けていくのが、慣れではなく降参や諦念を示しているように感じられた。しかし、腰を少し動かせば彼のペニスから精液の混ざった先走りがこぼれたから、まだ快感は拾っていると判断する。
 彼に悪いと思う気持ちはあまりなかった。シーツに縋っていた手を無理やり引きはがし、手首を掴んで自分の方へ引き寄せると、自分本位に腰を動かし始める。
「が、あっは、ぁあ!」
 乱暴にされて苦しいはずなのに、腹の内側で快感を拾いあげることを覚えた光太朗の身体は、強い刺激をなんとかギリギリ受け止めるのに必死だった。
 爪先がピンと伸びて攣りそうなのに、光太朗はもう自分の身体を思い通りに動かせなくなっていた。肉と肉がぶつかり合う音を聞きながら、ただされるがままトーヤを受け入れる。
「マジでいやらしいよ、あんた」
 頬も唇も濡れて艶めいた赤色を宿している。長いまつ毛も涙でツヤツヤしていて、最初は冴えないと感じた顔もトーヤ好みに染まっていく。
(こいつは……)
 逃したくない。
 あくまで仕事と割り切っているつもりなのに、光太朗の反応一つひとつがトーヤの趣味に嵌ってたまらない。客を相手にこんなに昂るのは初めてだった。
 中の具合もきついが、前から自分でいじっていたからか、不快になる締めつけではない。耳を撫でる甘くて高い嬌声も、気持ちよさのあまりべそをかいた情けない表情も、光太朗はトーヤにとって誂えたかのように都合がいい。
「コータローさん、次もオレにしろよ」
 残り時間もまだある段階で、トーヤは言い聞かせるように声を低くする。ハスキーなそれは低くなるとドスの効いた響きになって、光太朗はひたすら頷いて従うしかできない。
 この声に、どんなことを命令されたっていい。乱暴でも、こうして自分に触れてくれるなら構わない気がした。自分では埋められない胸の空白が満ちていく錯覚に、これが欲しかったのかもしれないと、光太朗はゆるく目を閉じる。
「目、閉じんな。オレを見ろ」
 しかし、それをトーヤは許さなかった。片手で頬を挟むように掴まれ、驚いた光太朗はすぐに瞼を開ける羽目となった。
 滲んだ視界の中で、トーヤの姿がゆらゆら揺れてうまく捉えられない。
 ――彼は今、どんな顔をしているのだろう。光太朗には最後まで分からなかった。
「さっきの質問に答えて。なんでセックスしたいって思ったの?」
 トーヤの特徴的な、耳に残る声が自分を笑った気がした。気持ちいいと感じるところも、彼のどんなところに惹かれたかも暴かれて、光太朗はもう成す術もなく答えるしかない。
「ぅあ、ぅうう…っ…、さ、さみしっ、かったからぁあっ」
 叫ぶような返事だった。そこまでなんとかたどたどしく言葉を紡いだものの、無遠慮に身体を突いてくるトーヤに屈服した光太朗は、あとは喃語のように輪郭のない喘ぎ声を漏らすだけだった。