『瞳に映る、キミのうた』サンプル - 2/6

「初めて呼んでくれた人は、サービスとしてシャワー後からカウントだから」
「……」
「いっぱい楽しもーね、コータローさん」
 料金を受け取り仕事モードへ切り替わったトーヤは、ムードを盛り上げるべく先ほどからいろいろと声掛けしているが、光太朗は岩みたいに固まったまま全然リアクションがない。
 のろのろと服をやっと脱いだかと思えば、光太朗はバスルームに入った途端、それまで発していた「ああ」とか「うう」といった曖昧な相槌すら発さなくなってしまった。さらに頑なに前を向いて、こちらに局部を見せようとしない。
 これがウリ専を頼んだ客の態度だろうか。見る限り、この光太朗という客は分かりやすくバージンだが、それにしたって。
 せっかく繕った営業フェイスがさっそく剥がれそうになるのを堪えると、トーヤはシャワーハンドルを少し強めにひねって勢いよくお湯を出した。
「うわっ!?」
「コータローさん、返事くらいしてほしいッス」
 身体が温まれば物理的に緊張がほぐれるだろうというトーヤの見込みは半分当たった。ほとんど直立不動だった光太朗はシャワーの直撃を食らい、顔を覆いながら身じろぎして慌てふためいている。しかしそれでも彼はトーヤの方を向こうとしない。
 その態度にある可能性を思いついたトーヤは、光太朗がこちらを見ていないのをいいことに思い切り顔をしかめながら彼の肩を掴んだ。
「いっ!?」
「もしかして、冷やかし? たまにいるんだよな、罰ゲームとか何とか言って――」
「ちがっ、違います! 俺が頼みました!」
 トーヤの疑惑を払うため、光太朗はようやく彼の方へ振り向いて大きな声を出した。風呂場にキンキンと彼の声が反響して、トーヤは営業モードであるのを忘れて眉間に皴を寄せた。
 しかし光太朗は、そんな彼の態度を見ても怯えたりせず、緊張した面持ちでトーヤの言葉を待っていた。お互い全裸だから、はたから見れば間抜け極まりない姿なのを光太朗は気づいていないようである。
「コータローさんは男が好きなんだよな?」
「う……は、はい。でも、誰にも言ったことないです。だから」
「いや、分かった。なんだ、そーいうこと」
 彼の返事を聞いて、トーヤは食い気味に返事をする。彼の中でようやく合点がついた。
 部屋に入ったときから一向に軟化しない、オドオドとした光太朗の態度。しかし男が好きなのを誰にもカミングアウトしたことがないのなら、ある程度納得がいく。
 溜まりきった欲望のはけ口が欲しくなったものの、出会いの場に赴くほどの積極性もない。しかし、こういったデリバリーヘルスであれば人に見られるリスクもほとんどないから自分を呼んだ。トーヤは勝手にそこまで推察する。
 しかし、高額な金を出してウリ専を呼ぶ客は遊び慣れている者ばかりだから、コータローのような男を相手にするのは初めてだ。
 改めて、トーヤはどこか値踏みするような目つきで風変わりな客をじっくり観察する。
 お湯を浴びてますます赤く染まった顔。筋肉がなくひょろりとした色白の身体は、同性受けは悪そうだが、トーヤ個人としては嫌いではない。困ったように垂れた眉が小さな額に乗っていて、少し吊り上がった目尻はしかし、きつい印象とは程遠い。
 シャワーのしずくが子どもっぽさを帯びた丸い頬を伝う。薄くて小さな唇から肌よりもっと赤い舌が覗いたとき、トーヤは思わず舌なめずりをした。
 ――悪くない。見た目は冴えないが気にならない。むしろこういう弱さを纏った男は内なる嗜虐心を刺激されるようで、期待と興奮に肌が粟立つ。
 今まで遊んだことがないのであれば、プレイ後にパートナーの愚痴を聞かされることも、注文外の無茶なサービスを言いつけられることも恐らくないだろう。
 気をつけるべきなのは、一回きりの経験が仇になって自分に恋慕を抱かないように、距離感を正確に保つことか。それさえ留意すれば、やりやすいことこのうえない。
 完全に営業モードを取り戻したトーヤはにっこりと笑うとシャワーを緩めた。雰囲気が変わったのを光太朗も感じ取って首を傾げるが、腰に手を回されてビクリと身体を跳ねさせた。
「ごめんなさい、変なこと聞いちゃって」
「あ、あの」
「勇気出してくれたんスよね」
 硬直しきった背中を親指でさすってやれば、光太朗が分かりやすく息を呑む。そのまま腕を回せば、薄く浮いた肩甲骨の手触りが伝わった。
(……ひょろいな)
 若さを売りにしつつ、客受けのために適度にトレーニングしているトーヤと比べたら、光太朗の肉付きは頼りない。骨っぽくて抱き心地が悪く、彼がどんな生活をしているのかトーヤは一瞬怪訝に感じた。
 事前に見たプロフィールだと、彼はいたって普通のサラリーマンである。しかし、同年代の人間が既にビール腹に片足を突っ込んでいるのを思えば、こっちの方が遥かにマシだとトーヤは思い直した。
 ぎゅう、とトーヤが力を込めて彼を抱き締める。光太朗の腕はピンとまっすぐ下に伸ばされて、カチカチの全身はまるで一本の棒だ。苦笑しつつ、トーヤは光太朗の耳に唇を近づけた。
「緊張してる?」
「ひっぃ」
「大丈夫。オレに任せてくれればいーから」
「ひゃ、あっ」
 耳たぶにごく軽く口づければ小さな悲鳴があがるが、甘い響きを確かに含んでいる。身体を折り曲げて反射的に逃げようとする光太朗を、トーヤはあえて開放した。
 たったこれだけの接触でぜえぜえ息をついている彼を尻目に、トーヤはラックのボディソープを手に取った。泡で出てきたそれをたっぷりと手のひらに取って、見せつけるように光太朗の目の前でふわふわともてあそぶ。
「洗いっこだよ、コータローさん」
「へ?」
「お互いの身体を洗うんだ。ここで一発ヌいてやってもいいけど、フェラはするのもされるのも別料金だからね」
(冗談じゃねぇ、絶対頼むな)
 タチかつ自分本位な面が強いトーヤは咥えられるのはともかく、相手のものを咥えるという行為を毛嫌いしていた。マニュアル通り一応案内したものの、初プレイの客があれこれ欲張らないことを内心祈る。
 しかし彼の心配は一瞬で杞憂に終わった。直接的な単語を聞いたせいで光太朗は再び固まってしまったのだ。
 ふわふわの泡を信じられない面持ちで見つめる光太朗がおかしくて、トーヤは頬の内側を噛んで笑いをこらえつつ彼の身体へ泡を移す。
「ほら、こーやんの」
「うわっ、あっ!」
 そして首筋に手を当てて一気に滑らせる。泡が弾けてぬるりと滑らかな液が、トーヤの手のひらと光太朗の肌の間にある摩擦をなくした。
 まっ平らな胸板に指を這わせる。柔らかな突起はまだ芯を持っておらず、指先で触れてみると光太朗は身じろぎをした。くすぐったいというより恥ずかしそうで、居心地悪そうに目を伏せる。トーヤはそこで彼の睫毛が意外と長いことに初めて気がついた。
(うん、やっぱコイツ悪くねぇな)
 胸の真ん中に手のひらをそっと置けば、痛いくらい心臓が音を立てているのが振動を伴って伝わった。トーヤはくすりと微笑む。
「めっちゃドキドキしてるじゃん」
「うぅ……」
「でもこうやって触ると気持ち良くない?」
 泡をこすりつけるように、トーヤは光太朗の鎖骨、腕の付け根、みぞおちを順に撫でていく。筋肉の隆起があまり身体はとても滑らかで、男の身体に触れていることを一瞬忘れそうだ。
「……オレにもしてほしいな」
 耳朶のすぐ側に唇を寄せてトーヤがお願いすると、光太朗はがくがくと頷きながら同じくボディソープを手に取った。ポンプを押すのを何回か失敗してさらに焦ったのか、彼の手のひらに乗りきらないほどの泡が出て、バスルームに小さなシャボン玉がいくつか飛ぶ。
 しかしトーヤはもう笑わなかった。ここからどうやって自分のペースに持ち込めるか、頭は既に自分が楽しむ方へ切り替わっている。
「ほら、気持ちいーね」
 彼の身体を引き寄せて、背中のラインを確かめるようにゆっくりと指を滑らせる。出っ張った硬い腰骨を撫でると、光太朗は喉を震わせて甘い声をあげた。
「ひぃ、ん、ぅ」
「ここ感じる?」
「わ、分かんな、い、です……」
「じゃあもっと触ってみるか」
 トーヤはそのまま腰を掴んで彼の方へ引き寄せ、親指の腹で何度か強めに腰をこすり、そのまま手を後ろへ滑らせた。
 肉付きが良くなくて少し硬い尻をトーヤは撫でつける。割れ目に指が入りそうになると、光太朗は大きな声をあげた。
「あっいや! だめっ」
「ここは自分でもまだ?」
 試すようなトーヤの囁き声はもっと掠れて、かなり蠱惑的な響きで光太朗の鼓膜を刺激する。抗えない気持ちよさで背中からくたっと力が抜けてしまい、強制的にトーヤへすがるような姿勢となった。
 自分は泡まみれなのに、動けないせいでトーヤの身体は一向に洗われていない。しかし緊張で身体がこわばるやら、トーヤに触られて力が抜けるやらで光太朗は身体を全然思い通りに動かせなかった。
 頭ものぼせて、シャワーを浴びて身体を洗われるだけでのぼせそうだ。それに、血が集まっているのは頭だけではない――今さらそのことに気づいた光太朗は一転して青ざめて、じたばたとなんとか身体を動かしてトーヤを引きはがそうとした。
「どーしたんスか、急に」
 光太朗に宿った熱の存在にとっくに気づいていたトーヤは彼の腕を掴み、必死の抵抗を難なく止める。
 ボディソープのせいで気づかなかったが、こうして直に腕を触られると、少し平たくてゴツゴツと硬いトーヤの指先の感覚がよく分かる。自分のものとは全然違う男の指に、光太朗はまたしても動揺した。
(開発されてない割に反応いいじゃん)
 直接触っていないのに光太朗のペニスはすっかり硬さを持っていて、目の前にいるトーヤの太ももに先端がくっつきそうだった。
 この状況に溺れているのか、もともと感じやすい体質なのか。しかしトーヤにとってはどちらでもいい。自身は勃起していないものの、初心な客の初めてを自分がさらっていく言いようのない興奮に、トーヤは早く次の展開へ進みたくて気が急いてしまう。
「なぁ、ここでヌく?」
「やぁ……まって、待ってくだっ、うぁ……」
 相当追い詰められているはずなのに、敬語を崩さないのは光太朗の性格の表れだろうか。プロフィールを見て、トーヤは相手が年上なのは知っていたが、そんな彼が敬語で自分に何も返せないまま快楽を感じ取る様を見せられ、ますます劣情を煽られた。
 シャワーの勢いを少し強めて、泡のついた手を洗い流す。光太朗の真っ赤な頬に触れると、湯気の立ち込めるバスルームでも彼の顔が熱いのが分かった。
「無理だな。このままだとコータローさんぶっ倒れちまう」
「うぅ」
「オレは自分で洗うから先に出な。時間はオレもベッドに入ってからカウント開始ってことで」
 半ば無理やり光太朗の背を押して浴室から追い出した。ふらふらとおぼつかない足取りの彼の背に一言、「楽しみッスね」と投げかけて。