今日も茶挽きか。天井のギラギラした照明を見上げるのも飽きて、開き直って寝てやろうかと暇を持て余していたときだった。
ボーイの案内もなく扉がいきなり開き、マナトは驚いて飛び起きた。
「え、なになに!?」
動揺で声を上ずらせながら事態を把握しようとするが、入ってきた人物は二人とも知らなかった。片方の人間の身なりから察するにカタギではないところまでは分かったが、その者が連れてきた猿轡をされた男は誰なのだろう。
入り口とベッド。それくらいの距離があっても男の荒い息遣いが聞こえてマナトは思わず壁まで後ずさった。照明を浴びた男の目は爛々とぎらつきながらマナトを凝視するから、彼はパニックになりながら硬直する。
ヤクザは連れてきた男の猿轡を外すと、その背中を蹴って追い払う。
「今日のお前の客だよ」
「え?」
マナトが問いただす前にヤクザは侮蔑の目線を二人にやり、さっさと出て行ってしまった。
客と呼ばれた男は開放された瞬間、ベッドへ飛び込みマナトに覆いかぶさる。乱れ切った息遣いが耳にかかるとノイズのようにも聞こえた。マナトはゾッとして反射的に客を押しのけようとするが、あまりの力にとてもどかせない。
そのすさまじい強さにマナトは今まで感じたことのない異質さを覚えた。客の顔を見ようと身じろぎするがうまくいかない。
「ちょ、お前、キメてんの!?」
男は唸り声をあげるがまるで言葉の体を成していなかった。マナトの細い肩をガッチリ掴み、太い首輪の付いている首筋へ大口を開けてかぶりつき歯を立てる。
「い、って!」
歯の食い込んだ部分はそのまま皮膚を食い破らんとする強さで、マナトは思わず顔をしかめた。今までも客からは何度も手ひどい扱いを受けてきたが、会話すら成立しないのはさすがに経験がなかった。
ボーイを呼ぶための内線がひどく遠く感じる。腕すら伸ばせないほどガッチリ押さえ込まれていた。彼は性交渉ではなく、自分を殺しに来たのでは。そんな気すらしてマナトの目の前は恐怖と混乱でぐらぐら歪む――そのときだった。
命の危機すら覚える事態だというのに、マナトは確かに「それ」を感じ取った。
しかし、今まで察してきたものとは微妙に種類が違っている気もして、マナトは恐る恐る問う。
「アンタ……アルファか?」
壊れたようにマナトの首にかじりついていた男の動きがピタリと止んだ。その隙をついてマナトはなんとか男の胸を押しのけて見上げる。
男の行動は確かに――オメガに発情(ラット)を起こすアルファに酷似しているのだ。無理やり力でオメガを押さえつけてなんとしてでも性器を挿入し、遺伝子をオメガの胎内に残そうとする。
オメガへ無闇に危害を加えたり日常生活に支障が出ないように、ラット抑制剤を進んで服用するアルファも多いが、この男はそうではないのだろうか。しかしマナトは違和感を拭いきれない。ラットの香りが――アルファだけが持つあの香りとは微妙に異なっている。
興奮した男の口の端からよだれが糸となって垂れて、マナトの頬へしたたり落ちた。拭う暇もなく、男がようやく言葉を開いた。
「ベータだ」
「え?」
「クッソ、イカれそうだ、クソ! なんなんだこれは!」
顔を覆い男が悲鳴をあげるが、何が起きているのか聞きたいのはこちらの方だった。マナトは男の返事に困惑を隠せないながらも、少しだけ落ち着いて男の様子を探る。
シャツの間から覗く痣の数々から、暴行を受けたのが察せられる。視線を下ろしていけば、いきりたってズボンがいきりたって膨らんでいるのが目に入った。ベータがオメガに発情することもあるが、オメガがヒートを起こして独自のフェロモンを身体から放っているときにのみ感じられるうえ、アルファに比べれば感度はずっと鈍いはずだ。
しかしこの男は、ベータであるがラットに近い状態に陥っているようだ。それをオメガである自分が確かに感じ取っている。
(……あぁ)
「最悪」
首筋にある注射跡を指摘する前に、マナトは諦めたように半笑いを浮かべ、これから自分の身に起こることを予感した。
アルファとオメガは否応なしにくっつく磁石のように引かれ合う。そこに本人の意思が介在しなくても、肉体同士が凸凹を求め合うのだ。
そして今、ラットを起こしたアルファに近い存在が、目の前にいる。――オメガしか持たない生殖器官から分泌液が滴り、マナトの太ももを伝ってベッドシーツを濡らした。
先ほどまで感じていた不気味さと恐ろしさが嘘のようにマナトの中から霧散する。代わりに訪れたのは、頬や頭へのぼっていく熱と下半身へ瞬く間に溜まっていく劣情だ。マナトのペニスがみるみるうちに鎌首をもたげ、触れられてもいないのに先走りが滲む。
「は、あぁ」
相手がアルファでなくてもこんなことが起きるとは思いもしなかったが、そんな考えはマナトの頭の中で全くまとまらずに飛んでいく。
早く抱いてほしい。さっきまでの力で、いや、それ以上でもいい。この膨らみで腰が壊れるほど突かれてみたい。中に出される熱はどんなものだろう。禁止されているが、抑えられると気になるのが人間の性である。
マナトはすぐに客の相手ができるように、シャツの下はいつも裸で過ごしていた。彼が勃起しているのに気づいた男は、自分のことも差し置いてマナトをせせら笑う。
「は、オメガが発情すんのってマジなんだ」
「うん、そおなの。ね、早くしてよ、客なんでしょ」
普段丞一から口酸っぱく言われて飲んでいるヒート抑制剤は、アルファに喚起されるどうしようもない性欲までは押さえてくれなかった。自らシャツを脱いで全裸になったマナトは先ほどまでと一転し、男の身体を求めて腕を伸ばす。
上気した身体は関節が薄い桃色に染まっている。白蛇のような肌にはところどころ痛々しい傷跡があるが、胸にある紅に近い色を宿した乳首を充血した目で見下ろし、男は舌なめずりをした。
「これがアルファの気分かよ」
「あ、んっ!」
自分も服を脱ぎ、再びマナトに覆いかぶさる。部屋に入ってきたときよりかは落ち着きを取り戻したようだが、それでもいちいち行動が荒々しい。乳首を指で乱暴に弾かれるが、その痛みすらも快楽に変わってしまい、マナトは背をしならせた。
番を求めるアルファの行動を真似るように、男はマナトの首近くに執着する。歯が頑強な首輪を突き抜けることはないが、それでもこの男のものにされてしまうスリルにマナトは身震いし、ますます身体を求める。
「はぁ、ね、ね、さわってよぉ」
「どこに」
「ちんぽ、ちんぽしごいてぇっ」
腰を振ってマナトは勃起したペニスの存在を示す。挿入してほしい欲望と射精したい欲望が同時に湧いて頭がおかしくなりそうだった。先走りでしとどに濡れてらてらと光るマナトの亀頭を男は親指と人差し指でぎゅうと摘まむ。
「ひい、ぃんっ!」
痛みに顔をしかめるが、それでも脳には電流のように快楽が走り、神経が焼き切れる思いに駆られる。そのまま手のひらでごしごしと乱暴に扱かれると、歯型だらけの喉仏を逸らしてマナトは喘ぎ苦しんだ。シーツを掴み、享受しきれない快楽をなんとか対処しようとする。
ほとんど首輪を食べているも同然だった口をずらして、男はマナトの乳首を吸うが、そこに愛撫の意図はほぼない。このオメガがどれだけよがってみせるのかという好奇心で舌を伸ばし、硬くなったそこをつつく。
「あぁ、ああん、それすきぃ」
じゅう、と下卑た唾液の音と共に強く吸われ、マナトは思わず男の首に縋りついたが、頬をはたかれ腕をほどかれる。
「触んじゃねぇ」
「っぐ、ぅ」
「こっちは好きでセックスしてんじゃねぇんだよ! クソ、クソビッチ野郎が」
左頬に焼けるような痛みが走るが、この程度ではマナトは動じない。男が何に怒っているかは分からないが、そんなこともどうでもいい。
この欲望を満たしてほしかった。この男がベータであることを始めとしたあらゆる理屈を乗り越えて、性の渇きがマナトの身体を支配する。それは苦痛と紙一重だった。マナト一人ではどうしようもできない。
暴力を振るわれても、おもちゃ同然に扱われてもいい。甘い囁きも愛撫もはなから求めていない。
(はやく、たすけて)
オレを、慰み者にして。
マナトの必死な思いに図らずも従うように、男はマナトの身体をひっくり返した。そのまま濡れそぼったアナルに触れられる。
分泌液に初めて触れたからか一瞬男の動きが止まったが、慣らすことを知らない指は一気に奥まで入り込んでくる。しかし既に性器として快楽を拾うようにつくられたマナトの身体はその感覚に悦びを見出した。
「はああぁ、あ、ぁ」
「オメガってマジで淫乱なんだな」
クソビッチ。男は吐き捨て指を引き抜くと、ヤクザたちに無理やり注射されたせいで勃起し続けて痛いほどだったペニスをあてがう。既に受け入れる準備はできているそこは柔らかく、軽く当てるだけでオメガの愛液で濡れる亀頭がわずかに沈んだ。
快楽という靄が頭の中にかかりっぱなしだったマナトは一瞬正気に戻る。この男はコンドームを付けていない。番になれるのがアルファとオメガの組み合わせというだけで、ベータの精液でも妊娠する可能性は充分ありえるのだ。
振り返ろうとしたが、その頭を押さえつけて男が挿入してくる方が先だった。何にも代えがたい熱の塊がずぶずぶと中に入り込み、潤滑の良い体内にある前立腺がその存在を感じて疼いてやまない。
「あぁぁん! や、あん、あぁっう」
「クソ、クソッ、あんなぼったくり店行かなきゃ!」
憂さ晴らしも兼ねて男が腰を力任せに打ちつける。頭上で何をぼやいているかも理解できないうえ、乱雑極まりない動きに痛みを覚えるが、その勢いのままで偶然前立腺をこすられると、あっという間に快感が凌駕する。
痛みと気持ち良さがない交ぜになり、マナトは酸素を求めてはくはくと口を動かすが、心から快楽を受け入れたがゆえの喘ぎ声が逆にこぼれていく。
「やぁ、あ、あぁっ! は、あう、うぅぅ」
ヒートを起こしなどしないベータを相手にすることがほとんどだったため、疑似的にアルファに犯される感覚に見舞われたマナトの身体は相手の精液を受け入れるために中のペニスを締めつけ、射精を促す。
突かれるたびにマナトのペニスから精液が断続的にこぼれてベッドシーツを汚した。高熱を出したときのように茹だった頭では、もうまともな思考ひとつとしてできない。突かれるたびにシーツに擦れる乳首すら気持ち良くてたまらない。マナトはひたすら啼き続けた。
「もうむり、むいぃ、ひ、いぁ、あ!」
「ぐっ……出すぞ!」
「らして! らし、っぐぅ、んう、ふ、ふうううぅぅ」
再び首輪越しにうなじ――アルファと番になるための真の器官にかじりつきながら、男はマナトの中で果てた。実際はそうならないと分かっていても、本当にこの男のものにされてしまうのではないかという不吉な予感に、マナトはあらゆる感情がごちゃまぜになった涙をぼろぼろとこぼした。
ガリガリと執念深く襟足の生え際に歯を立てながら、男は腰を引き抜いた。白く粘ついた精液がマナトの身体からこぼれ、力が入らず震える内ももを伝う。
(もうダメだ)
うなじを噛まれ、精を受け入れてようやく自分の身体から熱が引いていくのが分かったが、あとの祭りだ。マナトはすっかり疲弊しきり、そのまま余韻に震える腰を崩してベッドにうつぶせになる。
意識が遠ざかっていく。性行為中に気をやると客から怒鳴られるが、それでももう耐えられそうになかった。
これは、直接拳を振るわれるのとはまた別の暴力だと直感的に思った。しかし身体は確かに満足していた。これが自分の求めていたものだったのかも、マナトにはとても見当がつかない。今の身体に残っているのは、いつも通り、いや、いつもより随分と重たい倦怠感だけだった。
――何やら遠くで声が聞こえる。男以外にも誰かが部屋に入ってきたようだ。部屋周りの監視当番である駒井だろうか、それとも今日のフロント当番は丞一だったはずだから彼かもしれない。
(じょういち……)
いつも自分の面倒を見てくれる彼の名を浮かべる。
先ほどまでの男は自分にいくら払ったのだろう。その売り上げでおいしいもの――ステーキなんかを丞一と食べられるかもしれない。どこも動かせない気がしたが、その想像だけで口角は自然と上がった。
しかしその前に彼に叱られる方が先に違いない。丞一の怒った輪郭を暗くなっていく視界の中で描いたが最後、マナトは力尽きて目を閉じた。
