愛より深い(再録) - 6/13

 …誰かの笑い声が聞こえる。翔太だろうか? いや、違う…翔太の声はこんなに低くない。スタッフの声だろうか? もう起きる時間なのか。だけど起きる間際みたいな軽い面倒くささを感じない。どういうことだと考えたとき、新しい声が飛び込んできた。
『いやぁ、冬馬ってやっぱマジで歌うまいよな』
 その発言と声にかなり驚いた。昔、といってもそう遠く離れてない過去に何回も聞いた言葉だった。今はもうプライベートで遊ぶなんてことは全くなくなってしまった高校のクラスメイトの言葉は続く。
『天ヶ瀬お前、愛想悪いけど顔いいんだし歌上手いし、アイドルになってみりゃいいじゃん!』
『見た目ばっかじゃなくて実力派、なんて売れちゃうかもな』
 おどけた調子で繰り広げられる会話。あの頃は俺、どんな顔でこの言葉を聞いていただろう。アイドルなんてチャラついたもん興味ねぇとか何とか言っていただろうか――そう遠くない昔と今の差に苦笑してしまいそうになる。今じゃアイドルが生活の基盤になってるんだと言い切ってもおかしくないレベルだ。顔の見えないクラスメイトの会話は続く。
『もしアイドルになったらサインくれよな』
『ライブも行くからさ!』
 そう言ってくれたクラスメイトは、本当にライブに来てくれたのだろうか。俺たちジュピターのデビューはかなり大きなものだった。黒井のオッサンがそう仕立てたのだ。華々しいデビュー、完成度の高いパフォーマンス、絶対王者…俺たちを飾る言葉が増えるたびに、同業者やスタッフといった知り合いが増えてクラスメイトとは疎遠になっていった。
 高校にはもう随分と長いこと行っていない。近所を歩くのは深夜になったし、マスクとサングラスをつけるようになった。もし町でクラスメイトに会ったら、俺は気づく自信が正直ない。もしかしたら向こうも、マスクやらサングラスや帽子といった装備が当たり前になってしまった俺に気づかないかもしれない。

 前を行き交う人みたいに通り過ぎていくクラスメイトの声の数々に、思い出が増えたんだろう。そんな昔のことではないけれど、ここまであまりに多くのことが猛スピードで起きて、今でも続いているものもあれば終わったものもある。それにいちいち寂しいとか感傷を覚えたことはない。仕方が無い。今まで一緒にいた人たちと違う道を選んだのは俺自身だから。この忙しい毎日の中で過去を思い出す時間なんてなかったのに。これはやっぱり夢なんだろうか。
 やっぱりほんの少しの寂しさだけを感じながら、なんだか他人事みたいにクラスメイトの会話を聞いていた。どんどんノイズが多く混じって聞き取りづらくなっていく声に、一言、石を投げつけられたような言葉が刺さる。

『もうアイドルじゃなかった頃の天ヶ瀬のこと、忘れちゃった』