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ここは一体どこなんだろう。真っ暗で何も見えない。音も何も聞こえない。
何なんだ、ここ。自覚すると急に自分の身体のラインを強く意識した。見えないけれど自分の身体がひどく汗をかいていることに気づいた。暑くもなく寒くもない、だけど皮膚の表面がじめじめして最悪な気分だ。汗が胸の辺りやわき腹を伝って肌に震えが走る。なんで俺こんな、汗――心臓がいちいち音をたてて身体の内側に響いて鳴りやまない。それがたまらなくうるさくて俺は耳を塞いだ。
汗が止まらないせいか喉はからからに渇いていた。ちくしょう、ここ本当にどこなんだ、――耐えがたい心臓の音に混じって声が聞こえた。だけどひどいノイズ混じりで誰の声なのかも分からなかったし何を言ってんだか分かりやしない。ただそれが――俺を責めているようにも笑っているようにも聞こえて、嘲笑のようなそれに逃げるように宛も分からないまま俺は走り出していた。
喉が渇いて奥の粘膜がひりひりする。このまま咳き込めば血が出てきそうだ。汗が噴き出すように溢れてくる。心臓の音に混じる不快な声は遠ざかろうにもずっと聞こえる。そのせいだろうか、もつれてしまった足に足をとられてとうとう転んだ。痛みはなかった、ただ焦るような感覚ばかりが積もり積もっていく。
そのとき、無様に転んだ俺の背後に声が迫った。今度はその声にはっきりとした輪郭を伴って。なんで気づかなかったんだ、その手腕も、嫌なところまでも知り尽くした――ずっと近くにいた人じゃないか。
おっさん、と言っているはずの俺の声は聞こえない。ただおっさんが何を言っているかだけは耳にしっかりと届く。
『歌がなければどう生きていくんだ』
頭の血が全部下って、ここまでかいてきた汗が冷や汗だということに俺はようやく気がついた。腹の底が正体の分からないつめたさに震える。叫んだはずの反論はまるで声にならなかった。
