愛より深い(再録) - 11/13

 日の光が瞼に染みるように眩しい。もう朝が来たのか。そう思って身体を起き上がらせると頬の辺りにくすぐったい感じを覚えた。触れてみると湿っている。その濡れているラインを辿ってみると指先は目尻に行き着く。

 あぁ、俺泣いたのか――なぜかその事実をすんなりと受け入れられる。悲しい夢でも見たのだろうか。なんだか連続で変な夢見すぎだ、俺。だけど不思議なことに今しがたまで見ていたであろう夢のことは全く覚えていなかった。今でも昨日見た黒井のオッサンの夢も、クラスメイトの夢も思い出せるのに。
 本当に悲しい夢だったのだろうか。胸の辺りにもやもやと渦巻いている感情は悲しいとも寂しいとも言いつかないような変なもので、こんな気持ちになったのは初めてかもしれない。頬を拭う。涙は次また流れてくるなんてことはなかった。しばらくベッドから出ることができずにひたすらぼんやりとする。この気持ちがうまいこと消化できない。何も考えられなかった。
 喉に触れて歌を歌おうとする。メロディは相変わらず出てこない。
 だけど、今、すごく――すごく歌いたい。強い衝動に身体が動きだしそうになるくらいに。ステージでもレコーディングルームでもここでもどこだっていい。誰かの前でも一人でもいい。どうして声が出ないんだろう。思うままに力強く握りしめる手が痛い。いったい、どうして…。
 そのとき、枕元に置いてある携帯が着信音を鳴らして震えた。この音はメールじゃなくて電話だ。画面を見るとそこには北斗の名前が出ている。電話に出ると、聞き慣れた北斗の電話越しの少し低い声が耳に飛び込んできた。
『おはよう。起きてたんだね』
「…今起きたところだ」
『そうなんだ。俺も起きたばっかなんだけどね』
「…なんで電話してきたんだ」
 俺の声の調子に北斗が一瞬動きを止めたのが電話越しだけど分かった。北斗はしばらく考えるように沈黙したあと、真面目な話をするときみたいに声のトーンをさらに落として話し始めた。
『冬馬、今日はよく眠れた?』
「……」
『変なこと言うみたいだけどさ、昨日一昨日の冬馬の様子見て、どうしても電話したいって思ったんだ。いや、というよりなんだろう…むしろしなくちゃ、って気分にもなった。もう歌えるようになってたんなら、それでいいんだけど』
「……」
『今日は冬馬はオフだったっけ? また病院行くの? そのあと俺んち泊まりに来てもいいけど』
 冬馬? と確かめるように俺の名を呼ぶ声がする。胸の中で渦巻いていた感情が身体中に散らばって熱くなった。携帯を持つ手が震えているのをなんとか抑える。北斗、と名を呼ぶ俺の声、変じゃなかっただろうか。北斗は何てことのないように返事をしたから、やっとの思いで自分の気持ちを絞り出す。

「北斗、今お前にすごく会いたい」
 朝日が眩しくてならなかった。