恋とは貴方を示すもの

 絵本の中で見た王子様じゃん、マジで。
 私の中の伊集院くんの第一印象がこれ。

 掃き溜めに鶴、までは言ったらちょっと周りの男の子が可哀想だけど、伊集院くんはそれくらい際立っている。こんな築ウン十年の古いキャンパスさえ、彼が佇めば「趣のある建物を背景に撮影」くらいの魔力を持っていた。
 最後の最後まで模試が微妙な判定だったこの大学に合格したとき、親に『運を使いきったね!』なんてからかわれたけど、伊集院くんと同じ学部どころか同じゼミに所属できるなんて、そんな天文学的な確率をどう計算して出すかは今のところ講義で習っていない。
 伊集院くんを初めてまともに見かけたゼミの自己紹介の時間を、私は繰り返し再生している。明日の講義の提出物を鞄にしまっただろうか、と寝る前に考えるのと同じくらい自然に、何度も。親や地元の友達に自慢していないだけ、自己満足の範疇に留まっていることを許してほしい。
 伊集院くんはその日――大学二年生の春にはアイドルになっていた彼は、仕事があったとのことで遅れてやってきた。

『伊集院です、遅くなってごめんなさい』

 もうそれだけでスター性があるけれど、ほんの少しだけ息を荒げて来た伊集院くんは、気まずそうに眉尻を下げながらも、キレイな笑みを浮かべて教授へ一礼してみせたのだ。
 ただでさえ初対面の人間ばかりで気まずい空気が重たい教室、衆人環視の中で笑ってるよこのイケメン! 事実ちょっとざわめいたし、既に知っている子たちは小さく黄色い声をあげた。教授だけは一年のころから伊集院くんを知っているのか、一気に騒がしくなったみんなに困惑しながら伊集院くんへ着席を促したけれど、あの日のことはしっかり覚えている。
 もちろん「この大学にジュピターの伊集院北斗がいる」なんて話題は入学式の日からあがっていたし、事務所が移籍する前からずっと追っかけているというサークルの友達に隠し撮りをお願いされたことだってある(断ったけど!)。
 私は好きなお笑い芸人くらいはいるし、テレビに出ている俳優やタレントさんはみんな美人に見える。でも、あの日伊集院くんと出会って、「アイドル」ってこういう人のことをいうんだ…って身をもって学んだ。ペラペラのディスプレイなんて話にならないほど肉薄するものを彼はまとって現れた。
 大学に来ている以上、伊集院くんはプライベートモードで学生だ。それをわかっていてもなお、場を一瞬で塗り替えてしまうオーラ、みんなに見られても怖気つかない堂々とした姿勢は、テレビや雑誌にかじりついていないこんな私でもまさにアイドルをやるにふさわしいと感じた。

 それに…伊集院くんはみんなに優しかった。
 ゴシップ誌には「芸能人の裏側!」なんて話題が絶えないけれど、伊集院くんは無縁だ、というか仮に話題にあがったとしたらゼミのみんな、それに教授だって抗議に出るに違いない。
 学生とアイドルという二足の草鞋を履いている伊集院くんなりの処世術かもしれないけれど、欠席が多くてノートを頼むことの多い伊集院くんは、とても自然に「おかえし」をしてくれる。例えば、大学すぐ近くの喫茶店のドリンク券をくれるとか、メイクさんから貰ったというコスメのサンプルをプレゼントしてくれるとか。
 みんなは単に忙しい彼へノートを見せているだけのつもりだから、伊集院くんのお礼は「いいことをした自分へのご褒美」って簡単に気を良くするし、もしかしたら「僕・私はあの伊集院北斗にシーズンドリンクを奢ってもらった」なんて誇張している人もいるかもしれない。
 世の中、OB・OGってだけで偉そうな人もいる中で、伊集院くんは「俺は芸能人だ!」なんて威張り散らすことは一切なかった。それどころか、ゼミに出てグループワークが滞ると、自分から提案をしたり、ときには休憩を提案したり、当然のように周囲へ気を配っていた。
 伊集院くんは絵本の中で見た王子様だ。立ち振る舞いは優雅そのもので、でもファッションの中には流行色をしっかり押さえたアクセサリーを入れ込んだり、プライベートでもオシャレに余念がない。スタイルいいし、というか脚長すぎだし、プレゼンでみんながガチガチに緊張していればちょっとした冗談で頬をゆるませてくれる。

 とまぁ、私はゼミの中でも(友達にも言ってないけど)伊集院くんに熱中しているわけだけど。なぜって私がトップを争うほどゼミの出席率がいいからである。
 初めて伊集院くんを見てから、ひと目惚れ…とはまたちょっと違う気もするけど、とにかく一瞬でハマってしまった私は、とにかくこのゼミへ出るのを最優先事項にした。
 伊集院くんは欠席が多い、つまりノートやレジュメを必要としている! 我ながらかなり不純だし、友達からねだられる回数のほうが多いけど、私は伊集院くんが出席するたびに、人気者の彼の周りに人だかりができる前にノートを渡しに行った。

「前も用意してくれたよね、ありがとう」

 ばっちり私の存在を把握している伊集院くんは、いつも一言目にお礼を言う。たまに「嫌だったら大丈夫だよ?」と確認してくれるが、ろくに話したことない人に出席カードをお願いする奴だっているこの世の中、まったく涙が出るほど謙虚だ。

「全然! 私のノートでよければ使って」
「そうそう! この子ね、レジュメとかもすっごいキレイなんだよ~しっかりしてるよね」

 近くにいた友達から思わず援護射撃を食らい、正直顔から火が出るほど恥ずかしい。汗かいてないかな、というかそもそも化粧よれてないかな。内心バクバクと心臓がうるさくて仕方がない。
 ノートのコピーを渡す指先は、キラキラ光る小さなラインストーンで彩られている。飾りが目立つ分、ネイル自体は抑えめに。人が普段見なさそうなところまでオシャレな伊集院くんだから、女の子の指先なんてもちろん見ているに決まっていると思って。

「ネイル、よく似合ってるよ。サンゴみたいなピンク色、この時期にピッタリだ」
「……! ありがとう。セルフでやってみたの」
「自分で? すごいね。……さっきの子の言うとおり、いつもノート見やすいから、そういうところにも器用さが出ているんだね」
「そんなぁ、でもそう言われると嬉しい!」
「フフ。でも無理しないで、自分を優先してね」

 そこが会話の最後で、伊集院くんは別の男の子に話しかける。
 私が渡した紙束を鞄にしまったり机にしまったりせず、腕に抱えたまま周りの人とおしゃべりに興じる伊集院くんを見て、胸が否応なしに締め付けられる。友達に「顔赤いぞ」とからかわれても、今の私は否定できない。
 嬉しいなんてもんじゃない、天にも昇る思いだ。
 他の人が気づいてほしいところをきちんと掬い上げて、でもその人に踏み込みすぎないように丁寧に褒めてくれる。押しつけているのはこっちなのに、お礼も気遣いも欠かさない。人の名前も顔も一致しているし、誰かが否定の声をあげたら、別の美点を見つけ出す。
 ノートやレジュメのコピーを渡すだけのこの小さなやり取りを重ねるだけで、私はますます伊集院くんの魅力に気づいていく。彼がとてもキレイで素敵な人だから、私もキレイになりたいと願って行動に出る。伊集院くんは「親切なゼミ生」として、私を覚えてくれている。なんて素敵なことだろう。あぁ、神様。私は本当に運を使いきったのかもしれない。

「やりおるなぁ」
「何が?」
「別に~」

 やっぱり耳か頬かが赤くなっていたみたいで、席に戻ると友達にちょっと意地悪そうに笑われたけど、それでもかまわなかった。振り返って彼の姿を確認すると、コピーをじっと読んでいる伊集院くんの横顔が目に入って、それだけでむずがゆくたまらない気持ちになった。

「……さて」

 コタツの上にあたたかいハトムギ茶と、ドライフルーツのフレークをトッピングしたヨーグルトを小さなボウルに盛ったものを用意し、私はテレビを点けた。冷えは美容の大敵だって雑誌にも書いてあった。
 ――さすがにこれは友達にも話していなかった。ジュピター、というか伊集院くんのライブを見るために有料のテレビチャンネルを契約した、だなんて。
 秋くらいからジュピターは全国ツアーが始まって、伊集院くんの欠席の頻度はますます上がった。彼が来ないのを知りながらもノートやメイク、コーディネートに気合いを入れる日々はあっという間に張り合いがなくなってしまい、とうとうこんな行動に出るに至ってしまった。

「さすがに引かれるよねぇ……」

 独り言はワンルームの学生賃貸の寒い部屋に消え、私は甘酸っぱい食感を楽しみつつお茶をすする。
 ちょうど今からライブ生放送が始まる時間だ。チャンネルをつけると、既に客席はライトグリーンのペンライトいっぱいに染まっている。
 この中にサークルの友達がいると思うと、なんだか不思議な心地だ。今日がツアーの最終日、都内最大キャパのドームなのにとんでもない倍率だったらしく、ジュピターファンと公言したことのない私はもちろん声をかけてもらっていない。
 だけどこうやって、テレビで見るのもいいかもしれない。何様だ、って話かもしれないけれど、大学で会えていないぶん、私は相当の伊集院ロスに陥っていた。
 バン、と会場を照らしていたライトが落ちるとほぼ同時に、客席からすさまじい大きさの歓声があがる。テレビで見ているというのに、その迫力がすさまじくて思わずむせそうになった。

「何これ……」

 友達に誘われて野外のロックフェスティバルには行ったことあるけれど、それ以上の豪華絢爛さだ。ステージバックに映像が出る。ジュピター三人それぞれのシルエットの中に伊集院くんを見つけて、思わず客席と一緒に「きゃあ」と言いかけた。
 イントロが流れたと思ったら、ステージがカッと照らされた。シンプルなブラックのスーツ調のモダンな衣装をまとって、ジュピターが登場した。
 伊集院くんももちろんいる。かっこいいなんてものじゃない。大学で見る姿も素敵だけど、――今の彼は「本職」だ。キリッと吊り上がった眉と目。時折ゆるませて余裕を見せる挑戦的な笑み。どれも教室じゃ見られない表情だらけだ。

「か、かっこいい!」

 大きな声が出て口を押さえる。お茶を飲むこともヨーグルトを食べることもすっかり忘れて、ただ画面に釘づけになった。
 もしかしたら、こうやって強烈に存在を意識しながらジュピターのパフォーマンスを見るのって初めてかもしれない。伊集院くんがアイドルなのはもちろん知っていたけど、大学で見る彼があまりにも素敵で、仕事をしているときを見ようなんて思いもしなかったのだ。
 信じられない。みんなこの伊集院くんを知っていながら大学でも気さくに話しかけていたというの? 全力でパフォーマンスしつつも、客席へのサービスを怠らない伊集院くんは、大学で話しかける人みんなに優しくするのとは違う、知らない人みたいだった。

『ドームのみんなー! 楽しんでるかー!』

 MCの時間、ジュピターの天ヶ瀬くんが尋ねれば、それに応えるように客席から開始のときと同じくらいの歓声がワッとあがる。

『ツアーももう最終日だね』
『みんな僕たちにちゃんとついて来てねー!』

 御手洗くんがそう言ってマイクを客席に向ける。客席が映し出されると、そこには感極まってもう泣いているファンの人もいる。「北斗くん こっち見て」なんて書かれたウチワを見てちょっとギョッとする思いだったけど――そこで冬らしいネイビーに染めた自分の爪が目に入って身体が固まった。
 そっか、あのファンの人だって、もしかしたら伊集院くんが見てくれると思って…。

『次はこの曲いくよ、準備はいい?』

 カメラに向かってウィンクを決めた伊集院くんがそう言うと、照明の色が変わって一気に温かみのある雰囲気へと塗り替えられた。
 チョコのCMにタイアップされたこの曲は、確かついこの間リリースされたばかりのバラードだ。といってもしっとりしたものじゃなくて、ミディアムテンポ寄りで聞いている人たちをなんだか幸せな思いにしてくれる。
 アップで映し出された伊集院くんは既に汗まみれだった。というかジュピター三人ともそうだった。それでも、見苦しいなんて感想は微塵も湧かない。それどころか、ときどき目にかかる汗を拭いながらも笑って歌い上げる伊集院くんはとてもセクシーで、本当にかっこよかった。
 私は、こんなに素敵な人にノートを? 今までの自分の行動がどんどん信じられなくなってくる。
 画面越しに見る伊集院くんが、大学にいるときの彼と全然重ならない。どちらとも同じ人で、大学でもみんなの人気者の伊集院くんは、ステージでもその魅力を遺憾なく発揮しているのに。

「素敵……」

 絵本のおとぎ話のような、パレードのような、夢のような。
 伊集院くんだけじゃない。彼のいるジュピターというユニットそのものが魅せるパフォーマンスに酔いしれていた。天ヶ瀬くんはシャウトもきかせられると思えば感情豊かなバラードだってお手の物、御手洗くんはまだ中学生なはずなのに、ソロダンスだって物怖じしない。
 そこに伊集院くんの圧倒的なスタイルと色っぽさ、艶めいた歌声が重なると、とことん磨き上げた絶妙なバランスが生まれる気がした。さまざまな魅せ方を持っているこのグループは、伊集院がいなくても、他の二人のうち誰かが欠けても成立しないのだろう。
 どんどんぬるくなっていくお茶に口をつける。ジュピターの一員として仕事しながら、大学にもできる限り顔を出している伊集院くん。その大変さが、こうやってライブを見て初めてリアルに想像できた。
 そんな中で、私のノートのコピーってどれくらいの価値があるんだろう。大学で見るよりもさらに魅力的な伊集院くんを見て、なんだか自信がなくなる。私のやっている行いって、芸能人相手にすごく恥ずかしいことじゃないのかな。

『それじゃあ、最後の曲いこうか――』
『ちょっと待ったー!!』

 お茶もヨーグルトも中途半端に残したまま、私はただじっとテレビ画面を見ていると、ライブはあっという間に終盤を迎えた。
 天ヶ瀬くんと御手洗くんが伊集院くんの言葉を大声で遮ったから、どこかぼんやり遠くへいっていた気が一気に戻されて身体が跳ね上がった。
 コタツに思い切り膝をぶつけて痛くてさすっていると、どよめく観客へ天ヶ瀬くんが聞いてみせた。

『今日は何の日か知ってるだろ!? せーの!』
『北斗くんの誕生日―!』

 一秒も間を空けることなく、観客は声を合わせて答えてみせる。
 そう、今日は伊集院くんの誕生日――素晴らしいことに、彼にピッタリなバレンタインデーでもある。
 私はゼミの男の子にデパートで買ったチョコレートクッキーを用意していた。その中には伊集院くんももちろん含まれていた。
 でも彼のだけは、ラッピングを彼の担当カラーだというブルーのリボンを添えて。そうしたら、服やネイルを褒めてくれるみたいに、気づいてくれるんじゃないかと思って。

『あはは、そういえばそうだったね』
『なんだよ、しらじらしい。毎年エンジェルちゃんとかに盛大に祝われてんじゃねぇか』
『あれれぇ、冬馬くん…もしかして、嫉妬?』

 んなわけねーだろ! なんでだよ! と冬馬くんが顔を真っ赤にして翔太くんを舞台上で追っかけまわすと、伊集院くんがとても楽しそうに笑い声をあげた。
 いや、正確にはマイクを離していたから声は入っていなかったけど、目じりがキュッと上がるほど破顔している伊集院くんは、とても楽しそうに見えたし、――その瞬間を迎えて、春に彼と出会って初めて、同い年の男の子を見ている気分になれた。
 こんなに圧巻のパフォーマンスを見せられたあとだったのに、それくらい伊集院くんは二人を眺めて、顔いっぱいに笑顔を浮かべていた。

『今日は北斗くんにケーキを用意してまーす』
『翔太のほうが食べたそうだね』
『当たり前でしょー! 僕この日を楽しみに待ってたんだから!』

 ライブの最終日だというのにあっけからんと言い放つ御手洗くんに、観客からは笑いが起きた。
 ファンもジュピターも、台車に乗せてケーキを運んできたスタッフさんも、カメラマンさんも、みんなみんな本当に楽しそう。人が幸せそうな様子を見て、私もついつられて頬がゆるむ。アイドルって、周囲だけじゃなくて自分たちまで幸せにするのかな。

『見て見て北斗くん! 今年のケーキも超豪華!』
『わぁ……』

 ディスプレイには大きく「北斗くん お誕生日おめでとう」と書かれたチョコプレートが映し出されている。
 御手洗くんに腕を引っ張られると、伊集院くんが宝箱を覗くみたいに目を見開く。色とりどりのフルーツがトッピングされたケーキに瞳を煌めかせる伊集院くんはもはや子どもみたいにも見えて、それでもやっぱり素敵だった。

『今年はね、北斗くんチョコたくさん食べるだろうからさっぱりしたやつがいいって僕がアドバイスしたんだよ』
『お前が食べたいからとか言ってなかったか? ……まぁそれはともかく』

 ゴホン、と咳ばらいをした冬馬くんが伊集院くんと向き合う。

『北斗、誕生日おめでとう。…た、頼りにしてる。これからもよろしくな』
『北斗くんお誕生日おめでとー! 僕も北斗くん大好きだよ!』
『「も」って何だよ! 俺はそんなこと言ってねぇよ!』
『冬馬、翔太……』

 ありがとう、とその口が動く前に、伊集院くんのくしゃりと美しく崩れた、嬉しさを堪えた顔にとうとう耐え切れなくなって、私はつい机に突っ伏してしまった。
 耳だけで観客の反応を聞き届けて、ますます伸びてしまう。顔をテレビから背ければ、明日あるゼミのみんなへ配る用のチョコレートクッキーが目に入る。
 ゼミを休みがちな伊集院くんへ後日渡せるように、きちんと日持ちするものを買ったもののどうしようか、さぁ困った。

「……どうしよう」

 伊集院くんは、ゼミのみんなに気を配れるスーパー大学生である前に――超・スーパーアイドルだ。私以外にも彼の魅力にずぶずぶハマっている人はこの世にたくさんいて、…私もどんどん深みへ沈んでいく。
 それに、天ヶ瀬くんと御手洗くんと一緒にいるときのあの顔! キレイだけど、本人は気づいているのかな。いやそもそも元がとんでもなくキレイだけど! あんなの、ゼミのみんなに見せたことない。どことなく締まりがなくて、「俺幸せです」って言いたくて仕方がない、口角を緩めた表情。
 それでも、伊集院くんはきっと彼なりにゼミのみんなのことも大切に思っているのだろう。こうやって一人の人間を思う存分突っ走らせるくらいに。そこにも偽りがないから、伊集院くんは本当に罪な男の子だ。

「こんなんじゃノートも渡せないよー!」

 思わず頭を掻きむしる。私、こんな伊集院くんの一面を知って、次からどうやって話しかければいいの? というか、みんなどうしてそんな平気でいられるの? ライブを観ていないから?
 テレビから聞こえるハッピーバースデーの合唱に、思わず「それどころじゃないよ!」と八つ当たりした、二月十四日、あなたに恋した夜。

《了》