天国にいきたい(再録) - 5/5

 思ったよりも前のスケジュールが押してしまい、教会へ開演ギリギリに着くことになってしまった。小さくぱたぱたと服を仰ぎながらなるべく目立たないように気を遣いながら中へ入ると、ちょうど出入り口付近を振り返っていた翼と目が合った。安堵を感じさせる微笑みと共にこっち、と手招きされる。
「お疲れ様です」
「おう」
「間に合って良かったですね」
「マジで危なかったけどな…」
 何人かが振り返ったような気がしたけれど、反応したら余計な騒ぎを生み出してしまうから気づかないフリを決める。コールもサイリウムも無いこの場所に余計な騒音はいらない。桜庭は騒がしいのがあまり好きじゃないのだ。
 最後方かつ端に設けた関係者席だから、そんなにはっきりとものが見えるわけじゃない。それでも、客席から覗く人の頭越しに見えるステージは息を呑むほど美しかった。青を基調としたライトに教会が彩られていて、浮かぶように据えられている十字架にはオレンジ色の温かくやわらかい光が当てられていた。
 程なくしてステージ端から伴奏者が登場する。拍手はすぐにより大きなものへと変わった。タキシードを纏った桜庭はスポットライトに照らし出されたステージの真ん中まで、いつもと変わらぬ綺麗な姿勢で歩み寄る。
 一礼をする桜庭に観客と共に拍手を送った。桜庭は確かめるように客席全体を見渡すと、伴奏者の方を振り向き頷いた。ピアノの演奏が始まると、桜庭はスタンドマイクに一歩近づいて目を閉じた。
 流れるメロディに桜庭の声が重なる。光に包まれたこの場所で歌う桜庭はただ見とれるしかできなくて、やっぱりパイプオルガンを使ったって良かったんじゃないか、なんて、そんなことを思う。
 ――まるで夢心地だった。ゆるやかに温かい中へ沈んでいく感覚を覚えながら、それでも耳と目はステージに奪われるばかりだ。

 桜庭が忘れることのできないこの場所で、光を帯びた線を思い描く。象るのはこの先の未来。スポットライトの光と桜庭の輪郭が混じって、ほんの短い間、彼を見失う。

 なぁ、桜庭。
 指摘されるのは、お前は嫌かもしれない。
 だけど、これだけは分かる、と言ってもいいだろうか。

 どれほどの思いでお前が教会で祈っていたのか。
 今、どれだけの気持ちで歌っているのか。

 言葉なんか聞かなくたって、 俺を抱きしめたときの力強さを思い出せば、お前の気持ち、分かる気がするんだ。

《了》