最終章・碧落のマグノリア
機を見計らったようにあらゆる花の蕾が次々と開きはじめて、フルールグの街を彩る。春がまさにすぐそこまで来ている証だ。
朝、いつも通りの時間にカミルは起床した。今日は休診日かつ、とても久しぶりに何の予定もない休日だった。
それまでは慈善団体の活動に参加していたが、終戦に伴い活動が少し縮小して、現在も治療が必要な人々のケアと、別の団体と連結して移民の保護や帰国の手続きを代理で担うようになった。カミルのような勤務医は非正規のメンバーだったため業務を解除され、元の職場へと帰っていった。
やることが急に失われると、なんだか胸に大きな空白ができたようにスカスカして落ち着かない。それまでのカミルであれば、寝ぐせをなんとか整えたあと手持ち無沙汰なのを解消しようと本を読んだり、薬草の加工に精を出していただろう。
しかし、時間は有り余っているのにそれもなんだかやる気になれない。こんな自分は初めてで、カミルは必死に直した髪を撫でつけながら溜め息をついた。
「マギはどうしているでしょうか」
隙があれば彼の名前を呼んでしまい、カミルは苦笑した。今どこにいるかも分からないから、そんなすぐに会えるわけがない。
それでもマギと再会したい気持ちは募るばかりで、カミルははやる思いのまま立ち上がり、なんとなく外へ出た。
春の空は抜けるように青くて眩しい。カミルは外階段を下り、診療所裏の庭へ向かう。
診療所での診察と慈善団体での活動の合間でできる限り手入れはいつも通り行っていたものの、やはり一部の草木はほうぼうに伸びてしまっていた。これらの手入れをするのもいいと思い立ち、カミルは元気に育った葉に触れる。
そして、マギも感銘を受けていたモクレンの木を見上げる。つい数日前までは蕾だったのにもう大部分が綻んでいて、透明感をたっぷり含んだ紫色を宿していた。もう明日、明後日には満開を迎えるだろう。
マギの瞳の色にそっくりな花だった。この花弁をそのまま閉じ込めたような目は、見る角度のほかに、彼の抱く感情によってもちょっとずつ違って見えて、いつもつい見とれてしまいそうだった。
「マギ」
耐えきれずにもう一度名前を呼ぶと切なさはさらに募るばかりで、カミルはくしゃりと顔を歪めて涙をこらえる。
なめらかで美しい木肌に触れる。この木には、どれほどの生命力が通っているのだろう。残念ながらカミルには直接感じ取れるような力はない。
「早く早く、会いたいです。マギが恋しい」
世界で一番恋焦がれている魔法遣いに焦がれて、カミルは額をそっとモクレンの幹にくっつけた。かつて彼が捧げたのと同じやり方で、祈りを捧げる。
