真冬、トーランドとキースタニアの緊張は最高潮を迎えた。
トーランドの軍内部でも最新化学兵器の使用について意見が真っ二つに分かれて、幹部層の中でも使用許可を出した大佐への批判が少なくなかった。
全国的に反戦デモが活発化する中、キースタニアとの国境に比較的に近い場所に位置するフルールグでは特に反戦意識が強くなり、軍が暴力を伴った制止策を打つと、倍になって反発が返ってくる。
微力だが無力ではない人々の意思が集まって、大きなうねりが生まれていた。国外からも批判が集中しつつある状況であれば、わずかでも停戦の希望が見えてくる。
カミルはマギと別れて――キースタニアとの国境で活動する医療慈善団体に加わった。
フルールグの住民のために診療所も開かなければならないため休診日のみの活動ではあったが、それでもトーランドとキースタニア、双方の人々のために奔走した。
傷ついた兵士たちの治療だけではなく、帰国の手立ても団員とともに行った。誰かが傷ついて傷つけ返す連鎖を終わらせるために自ら声をあげた。
苦しみ喘ぐ兵士や人々と再び対面するのはカミルにとって非常に勇気のいることだった。事実、怪我の治療を受けながらうわ言のように祖国や家族、愛する人の名前を呟く彼らを見るたびに、ずきずきと胸は痛む一方だった。
しかし人々が各々戦争に向き合っていることを考えると、再生を信じる心が何度でもよみがえる。
誰しもが過ちを犯す。自分の行いが誰かに許されることは、もしかしたら生涯ないのだろう。人間同士は血を流しあい、魔法遣いは住処を追い詰められて人間へますます恨みを募らせる。
忌むべきループだった。しかし、それを止められるのもまた自分たちだけなのだ。
――カミルは自力でこの答えにたどり着いたわけではない。いつも心のどこかにマギの存在があった。
「綻ぶ花の祝福……」
彼が自分に残した言葉を、カミルは何度か反芻した。彼と過ごした日々は花にも勝るとも劣らないほどの美しい記憶となり、いつでも取り出せる位置にある。
マギは今、どうしているのだろうか。人間そのものにほとほと愛想を尽かしてしまう悪い想像が浮かびそうになれば、カミルはぎゅっと強く目を閉じて打ち消して、代わりに彼の名前を繰り返し胸で呼んだ。
僕はここにいます。この国、この街で生きています――。
一番会いたい人の名を呼べば、寂しさと同じくらいの愛しさが湧くから、カミルは心強かった。再会を信じられる自分にも安堵して、激動の日々に再び立ち向かう。
何度、そんな祈りを繰り返しただろう。
某日、民意に押されたトーランド軍の元帥は化学兵器の使用を却下した。
そして戦力が枯渇しきった二国に対して国際機関がようやく動き出した。領土問題は第三国で構成された裁判組織によって、無血を大前提のもとに調停に向かっていく。
――事実上の終戦だった。長く厳しい冬がようやく終わろうとしていた。
