「サフラン、ビルベリー、ヒナギク、ゼラニウム」
突然並べられた花の名前に、カミルの動きが一瞬止まる。
マギは両手を彼の肩に置くと、彼と額同士をくっつけた。カミルが何より好きだと言っていたモクレンの木に祈りを捧げたときのように。
「花から育てたラベンダーティー、フルールグのテリーヌ、子どもにも服用しやすいリコリスのキャンディー……」
カミルに匿われる生活の中で、彼が手ずから育ててつくってきたものたちの名前を挙げる。マギはそれら全てを記憶に刻んで、カミルと同じように一つも取りこぼしたりはしなかった。
「そして、一番好きなのは患者の笑顔」
カミルは誰かを助けるためにここまで全速力で駆けてきた。その過程でどれほど傷ついてきたか、マギの想像できる範囲でしか分からない。
ただ、医者でもある人間の彼の傷を理解したい。そう思える心が何よりの正解だと、マギは自分で結論を見つけてみせた。
「……お前の家にいる間、カミルの好きなものを、オレもいいと感じたんだ」
顔をあげると、マギと視線がぶつかった。バイオレットよりもずっと色濃い瞳と、春の快晴のような碧眼が間で交わって溶ける。
魔法遣いのみが持つ赤く滴るような紋様は、彼の思いに合わせて一度強く脈打ったように錯覚した。
「カミルを通して人間の世界も悪くはないと思えた、……ほんの少しだけな。お前は嫌いになったのか? もう、ここにはいられないほど」
問われて、カミルはほとんど反射でぶんぶんと頭を振った。魔法遣いの青年へ、縋るように震える手で背を掴む。
他の誰よりもずっとたくさんの傷を背負ってきたマギに問われて、どうして否定できるだろう。
苦しんでいる人たちを、安らぎを与えてくれる自然を愛したがっていた心が、自分の生きている理由と向き合って、再び泣き声をあげる。ひどく痛みの伴う再生だった。
「ぼ、僕たち、また会えますか? この街で」
マギの肩口を涙で湿らしながらカミルは問う。
卑怯な質問だという自覚はあった。それでも、何より彼から、自分の求めている答えを言ってほしい。なんとかもう一度立ち上がるための、カミルなりの甘えだった。
「ああ。また会おう」
マギは力強く答える。カミルをしっかりと抱き締めて、気持ちの全てを伝えるように。
「オレの方から会いに行く。大丈夫、必ず会える」
何もかもが傷ついてしおれても、自然はそこから回復するだけの生命力があるとマギは信じていた。
そして、カミルもそれをとっくに知っているはずなのだ。
「綻ぶ花の祝福が、カミルに降り注ぎますように」
「また、自然とともにマギと巡り合えますように」
寒空の下で魔法遣いと人間のしばしの別れを告げる言葉、そして再会への祈りが、二人の胸の奥深くへと刻まれていった。
