「カミル」
――ずっと黙ったまま聞いていたマギが呼ぶ。初めて彼の名前を口にした瞬間だった。
人差し指の先でカミルの頬を撫でて、幾筋も伝っていた涙を拭う。
ひんやりとした感触が快くて、カミルが反射で目を細めると、涙のしずくが再びこぼれた。
「オレは今でも、この戦争も人間も理解できない。愚かだと軽蔑したままで、受け入れられるときは来ないかもしれない」
「うん」
疲れきっているからか、まるで子どものようなカミルの相槌に、マギは涙を拭いながら薄い苦笑を浮かべる。
「それでもカミルには、自分の罪よりも誰かを助けてきた記憶を守ってほしい」
手のひらで額を覆われる。とても心地いいのは、マギの手が冷たいからだけではないはずだ。
泣いて乱れた心がゆっくりとほどけて、触れられたところから安らぎが広がっていき、カミルはうっとりと瞼を閉じた。
「魔法遣いは人間を助けるべきではなかったと言ったが、謝ろう。すまない」
屈んで顔を近づけたマギから、穏やかで落ち着いた調子の声で話しかけられると、どんどん意識が睡魔に引っ張られていく。
カミルは必死に寝ないように堪えた。謝る必要なんてない、と伝えたいのに、眠くてたまらず口が動かない。
「例え悲惨な結末を迎えたとしても、誰かを救うことは誇りに思うべきだ。……だから魔法遣いは、人間を治してきたのだろう」
触れられている額が急に温かくなった。全身は急にぽかぽかしてきて、凝り固まった目の奥も、悲しみと後悔に支配された頭もとても楽になっていく。
まどろんだ視界が、晴れた日の陽射しに似た光を捉えた。マギがカミルの耳元で、トーランドでもキースタニアでもない、不思議な響きを含んだ言語で何かを唱える。
(何て言っているのですか?)
質問は言葉にならない。マギの処方薬も効いてきて、カミルの身体の内も外もちょうどいい温かさに満ちていく。
「おやすみ、カミル。良い夢を」
マギのとびきり優しい挨拶を最後に、とうとうカミルの意識は限界を迎える。
明日には何かがきっと良くなっている。根拠もないのに前向きにそう思えるくらい、カミルの心は凪いでいた。
