碧落のマグノリア - 24/34

 ゆらゆら揺れて、霞んだ視界の中で何かを捉えた。

(これは……?)

 少しずつピントが合っていくと、優しい薄茶色は自室の天井であると理解できた。今の自分はすっかりベッドにくるまっている。
 どうやら寝ていたらしい。しかしいつ眠ったのだろうか。事態を把握できないまま、カミルが身体を起こそうするが、なかなか力が入らない。

「急に動くな。ひどい高熱だぞ」
「なっ」

 ――ベッドの傍らにマギが腰かけてこちらを見下ろしていた。非常に驚いてカミルが声を発そうとするが、掠れてうまく出てこない。
 高熱と告げられて、ようやくカミルは自分が倒れたのだと気づいた。
 意識が覚醒してくると、最悪のタイミングで意識を失ったことまで思い出してしまい、天井を見上げたまま途方に暮れる。

「すみません。医者である身なのにこんな……」
「魔法遣いも風邪は引く」

 妙な回答だと感じたが、これをマギなりの励ましだろうか。
 医術に秀でた魔法遣いでも、風邪は引くものなのだろう。冷静に考えれば当然の道理に思えるが、彼から言われたのがなんだかおかしくて、カミルは小さく笑った。
 マギはなぜか笑っているカミルへ小さく溜め息をつくと「ゆっくり身体を起こせるか?」と尋ねた。

「お前の薬草を拝借した。粉薬だから、飲めなければ無理をするな」
「ありがとうございます、いただきます。明日も診療所があるから……」

 熱のせいで節々が軽く痛むが、カミルはなんとか上半身を起こした。マギが用意したぬるま湯の入ったカップで粉薬を飲み下す。ハーブらしい風味はあるが、全くと言っていいほど苦みがなかった。
 小さく息を吐くと、カミルは熱で赤くなった目元を細めて微笑む。

「ジンジャーとシナモン、リコリス……あとは何でしょうか」
「熱が下がったら教えてやる」

 体調を崩してもなお診療所や薬草ついて嬉々として話そうとするカミルに若干辟易しつつ、マギは彼を寝かしつける。

「今、ハーブティーを淹れてくる。お前は寝ていろ」
「待って」

 行かないで。

 立ち上がろうとするマギを、カミルはかすかに回らない呂律で引き留めた。
 あっさりと本音が出てきたことに、カミル自身が驚いて目を見開いた。まさか呼び止められると思っていなかったマギも同じ顔をしているが、一度口をついて出てきた言葉は止まらなかった。

「ここにいてくれますか。日が昇る前には、出て行ってもいいから」

 マギは明日には出て行ってしまう。しかし、叶うなら一秒でも長くここにいてほしい。
 これがいい大人のお願いだろうか。拙いわがままで彼を困らせている自覚は大いにあった。
 それでもカミルは、彼に対してうっかりこぼしてしまった思いの止め方が分からずに縋る。
 何度目かの溜め息のあと、マギは再び椅子に腰かけた。きまり悪そうにぐしゃぐしゃと髪ごと乱雑に頭を掻く。

「病人を置いていくほど薄情ではない。コロニーに戻る日はまた考える」
「そうですか……」

 彼がまだこの家に留まってくれるのが分かって、安堵とも喜びともつかない感情でカミルの胸はいっぱいになった。不謹慎なのは分かっているのに、マギが側にいてくれるのが嬉しい。この気持ちはとても口にできそうにない。

 ――しばらく沈黙が続いて、壁時計の長針が目盛り何個分か進んだあと。
 本当は眠りに就くべきかもしれないが、カミルの目は奇妙なほど冴えていた。倒れる前にマギから問われたことが、熱で鈍っている頭の中をぐるぐる回っている。

「もしよければ、話を聞いてもらえますか?」

 少し身を動かしてマギを見る。寝ろと言いたいところだが、今のカミルは、自分の問いに対して何かを伝えたいはずだ。マギは「なるべく短く」と返す。

「換気のために窓を開けたときに怒鳴り声が聞こえて……間が悪かったな」
「いいえ、事実なので」

 笑みをたたえている顔は、しかし苦しげな陰が差している。
 カミルはマギを見つめたまま過去を思い返そうとする。彼が愚の骨頂だと謗った軍に所属していた、かつての自分について。