「改めて自己紹介します。僕はフルールグの医者、カミル・アウラーです」
マギへ向き直り、まずは名乗る。それから正直に尋ねることにした。
「医者といっても、魔法遣いのことは何も知りません。だからあなたをどう治療していいのか、正直あまり分かりませんでした」
ぴく、とマギの眉間が動いた。細められた目はカミルを軽く睨む。
その怒りはもっともだ。心臓の音が少しずつ速まるのを感じながらも、カミルは甘んじて受け入れる。これだけ憎んでいる対象が、自分のことを何も知らないと言えば不快に決まっている。
だからカミルは、閉ざされた歴史の蓋を開けようとしていた。マギという、一人の患者と向き合うために。
「……もしよければ、マギさんのことを教えてくれませんか? もちろん、嫌だったり疲れていたり、難しいなら断ってください」
おそるおそる頼むお願い事だ。カミルは暴れていたマギを取り押さえたときの、彼の信じられない力を思い出す。
殴られるだろうか、突き飛ばされるだろうか。使命感のもとに聞いているものの、やはり恐怖は感じてしまい、カミルの手の内にはしっとり汗が滲んでいた。
マギはしばらく感情の窺えない目でカミルをじっと見つめた。それからふい、と視線を逸らす。夜に近づいて青に黒が混ざりつつある窓の外と、彼の彫りが際立った白い横顔がコントラストを生み出している。
「おかしい人間だ、お前は」
「そうですね、知り合いにも『変わっている』ってたびたび言われます」
「魔法遣いの歴史には、どんな尺度でも計れない知識と魔法が生きている」
カミルの調子に構うことなくマギは突然話し始めて、自分の手を何度か握りしめて開いた。
大きく薄い手のひらから、細くて節の目立つ指が伸びている。この手から魔法が繰り出されるのだろうか――カミルは漠然とした想像しか描けない。
「オレはまだ数えで二十だが、それでも同胞や先祖から魔力を受け継いでここまで生きてきた」
「にじゅっ、!?」
「……なんだ」
話に水を差されたマギは訝しそうな目線をカミルに送る。カミルは受けた衝撃を誤魔化すために「いやぁ、はは」と下手くそに笑ってみせるが、ある意味彼が魔法遣いだと気づいたとき以上の驚きで頭の中が一瞬真っ白になる。
(僕とそんなに離れているなんて……!)
誕生日にクラウディアを中心に一部の人間から「いつになったら身を落ち着かせるんだ」と嘆息されたカミルは今年で三十歳だ。
マギがそれほどまでに年下だと気づけなかったカミルは、驚きが落ち着いてくると今度は少しずつ悲しみが湧いて、胸がしくしくと痛みだす。
彼をそんなに若いと思わなかった理由は、顔に多大な疲労がまざまざと滲んでいたのと、それ以外にも怒りや諦めといった、年相応ではない感情を表情から感じ取っていたからだ。
ボロボロに傷ついて倒れて、一体マギは魔法遣いとして、一人の青年として今までどうやって生きてきたのだろう。カミルは平和で無知だった少年期の自分を思い出す。
「……夜はまだ長い。もしよかったらハーブティーを淹れましょう。身体も冷えていないですか? マギさん、ハーブティーは」
気を取り直し、自身の不審な態度から話題を逸らすためにもカミルはそう提案した。実際、秋のフルールグは夜になると肌寒くなり、こまめに羽織ものやブランケットで体温調整をしなければならない。
マギはしばし口を閉ざしたままで宙を見ていた。相変わらず思案の掴めない横顔だ。ハーブティーは飲めないだろうか。カミルがそう確認する前に、彼は答えてみせる。
「『マギ』でいい、気色悪い。……ラベンダー」
――何も知らないまっさらなところから、カミルには少しずつ理解してきたことがある。
マギのような魔法遣いは自然と共に生きており、薬を中心とした現代医学よりも、花々や草木から生命力というものを受けて身体を回復させること。
そして、マギという青年は魔法遣いである自分に譲れない誇りを持っていて、それを傷つけた人間を憎んでいて――おそらく他の魔法遣いと同じように、もしくはそれ以上に自然を愛していること。
花の名前のみだとしても、そうお願いされたのが自分に少し気を許してくれたことの証左のようでカミルは頬を緩める。
「分かりました。それでは庭で取れたラベンダーで淹れますね」
窓から差し込む月光がほのかにマギを照らしている。部屋はもうすぐ真っ暗闇に包まれるだろう。夜はこれからだから、カミルはランタン用の蝋燭も用意しようと思い立った。
