二章・マギとカミル ~魔法遣いと人間~
夕刻、診療所を閉めたカミルは帰宅すると真っ先に客室へ寄った。
「失礼します」
ドアをノックしても返事がないから寝ているものだとすっかり思っていたカミルは、男が上半身を起こして窓の外を見つめているのを見て驚いた。
「あの、具合はいかがでしょうか?」
「……この花はどこから持ってきたんだ?」
振り返った彼はカミルの質問に答えず、逆に質問を返してきた。サイドテーブルに置かれた花々へそっと手を添える。その仕草に病人らしい弱々しさはなく、壊れやすいものへ触れる慎重さを纏っていた。
「僕の庭で育てているんです。薬草と呼ばれる植物ばかりですけどね」
弾けるような黄色のサフラン、夕焼けよりずっと濃い赤のビルベリー、純白という言葉がふさわしい可憐なヒナギク、彼の瞳より薄い紫を花弁に宿したゼラニウム。
それぞれが薬効を持つ植物であり、立派に咲いている花でもあった。春や初夏であればあらゆる植物が開花を迎えるが、少し肌寒い今時期に花開くものや多年草もいくつかある。
彼の言う通り、切ってそのまま束ねたものを側に置いただけだったが良かっただろうか。そう問う前に、カミルは植物を見て無意識のうちに目を細めて頬を緩めた。
「自然が好きで、その中でも花は特に好きなんです。蔓を伸ばすようなものも、大きな木に咲くものも。医者でなくても、たくさんの植物を育てていたと思います」
「……そうか」
第一に容態を聞かなければならないところを、つい関係のないことを喋りすぎた。カミルがはっと口を押さえるが、男は小さな声でそう答えただけだった。
彼はカミルが咲いている分の一部でつくった花束へ視線を落としている。そこにカミルと対峙しているときの剣呑さは見当たらない。それどころか、家を出て行こうとした彼を押さえた早朝よりずっと顔色が良く見えるからカミルは目を見開いた。
「あの、体調は」
「内出血はかなり引いた。右足は時間がかかりそうだが」
「引いたって、そんな馬鹿な」
一日足らずで打撲や傷が回復するはずがない。第一、今朝までは運び込んだときとほとんど変わらない状態だったのに。
信じられない思いでカミルは彼の身体を思わずじろじろ見てしまった。そこで、腕に巻いた包帯の一部が勝手にほどかれているのにようやく気づいた。
しかし、その下にあったはずの痛々しい内出血は確かに二回りほど小さくなっていて、あと数日足らずで完治しそうに見受けられる。
(なんだ、この回復力は?)
目を白黒させているカミルを男はじっと見つめ、おもむろに口を開いた。
「魔法遣いが花や木々などの自然を信仰しているのは、そこから生命力を享受しているからだ。人間とは回復の過程が違う」
「……魔法、遣い」
「なんだ、その顔は。オレが魔法遣いであるのに気づいていたのだろう?」
確かに、見つけたときからそうであるとは予想していた。何より彼の右頬の紋様が、自分が知識として持っている「魔法遣い」とぴったり合致していたのだ。
しかし、彼があっさり己の正体をばらしたのもそうだが、突然聞かされる魔法遣いの話に理解が追いつかず、カミルは口を半端に開いたまま言葉を発せずにいた。
「あなたは……」
「……同胞からは『マギ』と呼ばれている。まさか人間に名乗る日が来るとは夢にも思わなかった」
男――マギは自嘲気味に言い捨てた。会った当初のような辛辣さは少し鳴りを潜めているが、それでもマギの態度は容赦がない。彼の唾棄する人間であるカミルは、実際の距離以上の隔たりに悲しみが募るばかりだった。
それ以上に、こんなに憎まれているにもかかわらず、魔法遣いについて何も知らない。自然への信仰も、生命力という概念についても。
