きっと腕を伸ばして抱き締める

 テレビをつけて、スタッフに渡された雑誌をめくって、でも聞いているわけでも読んでいるわけでもない。無為に時間を過ごして、ハッと気づいてベッドに備えつけてある時計を見ると日付は既に変わっていた。慌ててテレビを消して雑誌を机の上に適当に積み上げてベッドに入り込む。ここは事務所より遥か南だというのに俺はきっと、この撮影が終わるまでホテルのベッドの冷たさに慣れることはないのだろう。クーラーの冷気でひんやりとしたシーツに身を沈めると、肌が涼しさに少し波打つ。横になって目を閉じたところで思い出すのは、燃える情熱をそのまま宿したかのような赤い瞳と、いたずらっぽい、でも綺麗な緑色の輝きを縁どる長い睫毛だけだった。

 移籍してからというものの、最初は事務所自体の持つ力というものを思い知らされた。961にいたときには感じなかった苦労が多くて、果たしてこれが正解だったか迷う時もあった。けれど、こうして続けられたのは間違いなく冬馬や翔太、それに新しく出会った人たちのおかげで、積極的に頑張るなんて柄じゃないけれど、共にやってきたおかげでここまで来ることができた。仕事も、移籍したときには考えられないほど増えた。こうしてソロで仕事が回ってくるくらいに。
 人気ユニット・ジュピターの中で唯一成人している、つまり飲酒できるということで俺に地方のお酒の美味しいところを巡る旅番組を任された。一回録りきりの特別番組みたいなものだし、とのことで俺も冬馬と翔太も簡単に了解した。
 だけど快く了解したかは微妙なところで、翔太はお酒だけじゃなくて美味しいものも食べるんでしょうと随分うらやましがっていたし、冬馬は体調には気をつけろよ、と彼らしくない小さな声でそう告げると俺の腕を拳で軽く叩いた。俺は大丈夫だよ、あとお土産も買ってくるからと笑って、日がちょうど出始めた朝に、二人に見送られて事務所から出発した。それが三日前のこと。たった三日だ。それくらいしか経っていない、のに俺には一人で過ごす三日間が長く感じられて仕方がない。
 旅先で出会った人たちはみんな優しいし、料理もお酒も美味しいし、ソロだからだろうか、同伴してきたプロデューサーもいつもよりよく俺に話しかけてくる。寂しいというのがおかしい話なのかもしれない。だけど俺は、例えば料理が出てきたときなんかに隣に翔太がいれば喜ぶんじゃないかな、と思ってしまうし、冬馬ならどうやって作るのだろうかと、レッスンを受けている時と同じくらい熱心な顔で考えるんだろうなと思う。

 連絡は向こうから来たら返すつもりだったけれど、二人とも俺がいなくてもいつも通りレッスンに励んだり営業に出たり忙しい時を過ごしているのだろう、携帯には何も飛び込んでこない。それで良かった。この業界では忙しさは喜びと正解に近い。連絡がないのは二人とも頑張っている証拠でもある。
 それでも――時間ができれば二人のことを考えた。それも心から強く。もういい大人であるはずの精神は、夜になると少しの寒さを伴って確かに寂しさを訴えてくるのだ。たった三日、されど三日。

 大切な人の笑い声に、話し声に心が慣れすぎてしまったんだと思う。今の時間、翔太はきっと、すやすやとあの可愛い寝顔で気持ち良く寝ているだろう。翔太の眠り就きの良さに呆れているけれど、冬馬だって負けていない。――一人でいる時間だからもっと色々なことに頭を使えそうなのに、考えるのは二人のことばかりだ。息を吐くと、内側の芯が少し冷たくなっているみたいでまた身体が震えた。俺らしくもないと笑い飛ばしたいのに、それがうまくできない。ロケが終わるまでにはあと二日ある。あと二日、俺は上手な気持ちで過ごすことができるのだろうか。

 お土産には、翔太にはとびきり美味しいもの、冬馬には地元の変わったキャラのストラップをあげようかな、と思う。二人のことを瞼の裏に思い描くと、この耳に響くほど静かな夜でも少しだけ幸せな気持ちになることができた。だけど寂しさを全部拭い去れるわけじゃない。俺はただ目を閉じて自分が眠りに就くのを待つだけだ。
 早く二人に会いたい。本当に、本当に会いたい。帰ってきたとき、二人に寂しかったよ、と告げたら翔太と冬馬はどんな顔をするのだろう。翔太は、北斗くんって大人なのにそういうとこあるよね、ってからかうように俺を笑うのだろうか。冬馬は、情けないこと言ってんじゃねぇ、と俺を叱るのだろうか。それとも、二人とも、僕もだよ、俺もだ、と言ってくれたりするのだろうか。
 俺はいつの間にかこんなにも弱くなってしまったらしい。こんなにも翔太と冬馬が恋しい。それを一人になってようやく思い知るだなんて、考えてもみなかった。

 

《了》